PART 31(a)

 その瞬間、麻衣子の目が大きく見開き、表情が固まった。

 「どうしたの、麻衣子ちゃん?」
しばらく動かない麻衣子を心配して、少し遠巻きに見ていたスタッフの一人が声をかけた。

 「いえ、大丈夫です。」
麻衣子は慌てて後ろを振り向き、笑顔を作って見せた。
「すみません、少しだけ、待っていていただけますか」
麻衣子はそう言うと、鍋島に向き直った。
「・・・な、なんなんですか、これは?」
後ろのスタッフに聞こえないように小さな声で言った。これは、昨日の放送の・・・仮想着衣システムを使っていない、生の映像・・・乳房も恥毛も丸出しの自分が、笑顔でニュースを紹介している・・・

 「いやあ、よくできてるでしょ、これ」
麻衣子の反応に気をよくした鍋島は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まさか、天下のN放送の美人女子アナさんが、素っ裸でニュースを読んでいたなんてなあ・・・全国の視聴者様が知ったらどう思うかなあ」

 「・・・」
麻衣子は絶句した。あなたが「声」の主なのか、と聞きたかったが、そうでなかった場合には、余計な情報を与えてしまうことになる。それに、そんな質問をしたら、全裸でニュースを読んでいるその動画が本物であると言外に認めることになってしまう。

 「あれ、今日はこの前みたいにきっぱり否定しないんですね?」
鍋島は麻衣子の顔を興味深そうに覗き込んだ。
「まあ、合成にしてもよくできてる動画だからねえ。これ、ネットに出回ったりしたら嫌ですよねえ?」

 「・・・え、ええ・・・」
鍋島のねちねちした言葉に、麻衣子は戸惑いながら頷いた。鍋島が「声」の主だったとしても、わざと言わないつもりなのかも・・・この動画をばらまかれるなんて耐えられない・・・

 「どうしたの、顔色悪いよ、麻衣子ちゃん?」
鍋島はわざとらしく心配そうな表情を浮かべた。
「まあ、僕としてもね、こんなネタで稼ぐ奴は嫌いなんだよね・・・」

 「あの、私に一体何を要求するつもりなんですか?」
ニヤニヤして焦らし続ける鍋島に、麻衣子はかちんときて切り口上になった。

 「やだなあ。それじゃあまるで、僕が脅迫でもしてるみたいじゃないですか」
鍋島は肩をすくめておどけると、片手を上げて頭の後ろを掻いた。
「要求ってわけじゃないんだけど、明日もここに来ていただけませんかね? やっぱり、麻衣子ちゃんの乗馬姿、我々も撮影したいんで。次号のグラビアにできたらなと」

 意外な提案に麻衣子は虚を突かれた。乗馬姿の撮影だけでいいのか?
「あの、それなら今でも・・・」

 「いや、今日はもう日も暮れちゃうからね。明日の十時にここにきてよ。まあ、15分もかからないから、気軽に来てよ」
鍋島はそう言うと、麻衣子の返事も聞かずに背を向けて去っていった。


 鍋島達が去るや否や、スタッフ達が心配そうに駆け寄ってきたが、麻衣子は大したことはないので気にしないようにと説明した。麻衣子は鍋島が持っていた動画のことが頭をよぎりながらも、スケジュールどおりにその日の取材を続けた。

 次の取材先は、最近再び流行りだしたという老舗旅館だった。料理に世界各国の要素を大胆に取り入れ、温泉も一新し、マッサージやエステにも一工夫して・・・旅館の女将の愛想も良く、麻衣子達はスムーズに取材することができた。

 その日の取材を全て終えると、一行はバンに戻った。スタッフ達はそのまま東京に帰るのだが、翌日の月曜日が休日の麻衣子は、K大馬術部の宿泊先に合流することにしていた。今日は後輩達との飲み会に参加し、明日は大会の二日目を観戦する予定だった。

 スタッフ達と乗ったバンで、後輩達の泊まっているホテルまで送ってもらった麻衣子は、チェックインをすませると、ホテル内の宴会場に向かった。予定は聞いていなかったが、毎年のことだから、麻衣子は確信していた。きっとここで、今日の反省と称して、楽しく飲み会をしているはず・・・

 
 飲み会の会場に麻衣子がいきなり姿を見せると、K大の後輩達はぽかんと口を開け、次に笑顔を浮かべ、大歓迎してくれた。麻衣子は最近の出来事をしばし忘れ、昔に戻った気分になることができた。

 一次会が終わると、二次会のカラオケに誘う後輩たちを笑顔でかわし、麻衣子はホテルの部屋に戻った。しばらくゆっくりした後、携帯端末を見ながら考えた。鍋島は「声」の主ではない・・・言葉ではうまく説明できないが、麻衣子はそう直感していた。「声」の主は注意深く正体を悟られないようにしていたのに、鍋島は動画を自ら見せてきた。ではなぜ、あの動画を持っているのか・・・
 有川さんに相談してみよう・・・しばらく迷った末、麻衣子は携帯端末で有川に電話をすることにした。今の麻衣子にとって、このことを相談できる人は他にいなかった。ただ、自分の裸のことを男性に相談するのは、やはり恥ずかしかったのでためらっていたのだ。有川さんには、もう裸を見られてしまったんだから・・・麻衣子は自分にそう言い聞かせ、発信ボタンを押した。
 しかし、長い呼び出し音の後に聞こえてきたのは、留守電への伝言吹込みを依頼するメッセージだった。急ぎで相談したい事あるのでご都合のいい時に折り返しお願いします、とだけ吹き込み、麻衣子は電話を切った。全裸でニュースを放送している動画を見せられて脅されています、なんてとても吹き込むことはできなかった。

 ベッドには入ったものの、眼が冴えた麻衣子は深夜まで眠ることができなかった。結局、有川からの電話はかかってこなかった。


 翌朝。麻衣子は、自分はこれから東京に戻ると伝えて、競技場に向かう学生達を見送った。少し間を置いてからホテルをチェックアウトし、タクシーで競技場に戻った。学生達に嘘をついたのは、鍋島の取材に応じる姿を見られたくないからだった。それに、鍋島は自分の恥ずかしい動画を持っているのだ。それを後輩達に見せられたりしたら、もう二度と馬術部に顔を出せない・・・早く有川に伝えて、何とかしてもらわないと・・・麻衣子はタクシーに乗りながら、不安な思いで車窓を眺めた。

 10時。鍋島の指定どおり、昨日の駐車場に麻衣子が到着すると、鍋島とカメラマンの二人が待ち構えたように駆け寄ってきた。
「おはようございます、本澤さん。お休みの日に取材を快く引き受けてくださり、ありがとうございます」
鍋島が丁寧な言葉遣いとは裏腹にニヤニヤした図々しい笑みを麻衣子に向けた。

 「すみません、早く東京に戻りたいので、できるだけ手短にお願いします。15分ですよね?」
麻衣子は、鍋島の慇懃無礼な挨拶には付き合わず、素っ気なく言った。
「乗馬ウェアを着て乗馬しているところを撮影すればいいんですよね? どこで着替えればいいんですか? 馬はどこですか?」

 「まあまあ、そう慌てないでよ。なんか俺、嫌われちゃったみたいだなあ」
鍋島はそう言いながら、たいして気にしていないようだった。
「撮影については、競技場の横のところを取っているので、そちらでお願いします」

 鍋島が指定した撮影場所は、競技場に併設された馬場の一つだった。麻衣子にとって幸いだったのは、そこが人通りの少ない場所にあることだった。ここなら一般人に発見されて騒ぎになったり、馬術部の後輩達に見つかることもなさそうだ。

 早く撮影を終えてしまおう・・・昨日と同じ、赤いジャケットと白いズボンの姿で馬に乗った麻衣子は、鍋島への嫌悪感を抑え、にっこりと笑顔を作っていた。毛並みが美しく、優しい目をした馬だったことが麻衣子にとっては意外な喜びだった。
 カメラマンの指示に従い、馬を軽く歩かせては止まり、振り向き、手を上げ・・・いいね、可愛いよ、という声が馬場に響いた。

 「うん、いいね。麻衣子ちゃん、さすが馬術全国大会入賞者だね、すごくきまってたよ」
一通り撮影した後、鍋島がにやけ顔で言った。
「それにしても、いいケツしてるね。もっと前傾姿勢になって、後ろに突き出してくれない?」

 その瞬間、麻衣子の顔がぱっと赤く燃えた。
「ふ、ふざけないでください! もういいですよね!?」
麻衣子は馬を止めると、華麗に身を翻して地面に降りた。

 「まあまあ、そうかっかしないでよ」
鍋島は麻衣子の怒りをあっさりと無視した。
「一度仕事を引き受けたんだからさ、最後までちゃんとやろうよ。グラビア撮影で衣装が一つだけなんて、あり得ないだろ?」

 「グラビア撮影って・・・私はただ、乗馬姿を撮影したいとのお話をお受けしただけで・・・」
そう言いかけた麻衣子だったが、鍋島がさっと差し出した携帯端末の画面を見て、口ごもった。
「ひ、ひどいです、こんな動画・・・早く削除してください・・・」
そこには、朝のニュース番組のお天気コーナーが映っていた。担当の小西彩香が可愛らしい衣装を着ているのに対し、麻衣子は全裸で立って笑顔を浮かべていた。ニュースを読む時と違い、麻衣子の身体を視界から隠すものは何もない。恥毛丸出しの動画を突きつけられて、若い女性が平然としていられるはずがなかった。

 「いやあ、これ、ほんとによくできたコラージュだよねえ」
麻衣子の懇願を無視して、鍋島はにやにやとその画面を見つめた。
「このおっぱい、本物みたいだよねえ」
そう言いながら視線を少し上げ、赤いジャケットの胸の膨らみと見比べた。

 「・・・次の衣装を着ますから、もうやめてください・・・」
結局、今は屈服するしかないことを麻衣子は改めて思い知らされた。自分の全裸の動画を嫌っている男に眺められるのはこの上ない恥辱だった。早く、有川さんに相談して、場合によっては上層部から手を回してもらえば、なんとか、なる・・・

 「そっか、悪いねえ、麻衣子ちゃん。せっかくの休日なのに」
鍋島はちっとも悪びれずにそう言うと、携帯端末の動画を閉じた。
「まあ、こんな偽物のヌードより、実物の方が百倍いいからな。・・・それじゃあ、次はこれなんだけどさ」
鍋島は近くに置いてあったバッグの中から、一つの紙袋を取り出し、麻衣子に向けて差し出した。
「今日はこれだけで終わりでいいから、さっと着替えて着てよ」

 「はい・・・」
一回着替えるだけならいいかと思いながら麻衣子はその紙袋を受け取った。やけに袋が軽いような気がして、麻衣子は嫌な予感を覚えた。袋の口を開け、中の衣装を取り出してみる・・・
「・・・っ! 何ですか、これは! 何かの間違いですよね」

 麻衣子が怒るのも無理はなかった。鍋島が渡したのは乗馬用ウェアではなく、ビキニの水着だった。しかも、白の地に赤い小さな花をあしらった柄は可愛かったが、ボトムの両サイドは紐だった。

 「いや、間違ってないよ。次の撮影は、それを着て、馬に乗ってもらうよ」
鍋島は平然と言った。
「ただお上品な赤いジャケットだけの写真ですむと思ってたわけ? さすが、天下のN放送のお嬢様女子アナさんだねえ」
自分を軽蔑した美女が屈辱に震える姿は、鍋島にとってたまらなく楽しい眺めだった。
「あ、ビキニだけじゃなくてもいいよ・・・安全のため、乗馬用ブーツと、ヘルメットは着けていいからね」
その方がエロくで読者が喜ぶからな・・・鍋島はカメラマンと視線を合わせ、ニヤリと笑った。


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