PART 32b

 次の土曜日。6時半になると、いつもどおりニュースが始まったが、スタジオには先週とはまた違う緊張感が満ちていた。先週までは、麻衣子が全裸で放送していることが、「仮想着衣システム」できちんとばれずにいることができるか、ということがポイントだった。しかし今週は、全国の視聴者に全裸放送の画像を見られてしまっていて、実は裸ではないかと疑いながら見られているのだ。麻衣子は今まで以上に自然にふるまわなければならなかった。ほんのり頬を赤く染めることも控えるよう、有川から強く指示されていた。

 また有川は、仮想着衣システムがこの数週間で飛躍的に精度向上していることを教えてくれた。研究所では、麻衣子が出たニュース番組の動作を全てシステムに読み込ませ、細かい動き方の癖まで覚えさせたということだった。

 7時までの30分は、今までと同じで、着衣での放送だ。大勢の男性がいやらしい目で見ているだろうと思うと、麻衣子は今まで以上に身体が熱くなるのを感じた。しかも、コラージュとされてはいるが、本物の全裸画像まで見られているのだ……澄ました顔でニュースを読みながらも、脚が小さく震えてしまっていた。有本からも、もっとにっこり、と指示が何度かインカムから聞こえてきた。

 ただ、最初のニュースコーナーが終わり、生活情報コーナー、スポーツコーナーと続くにつれ、麻衣子の表情が徐々に自然さを取り戻していった。結局、目の前にあるのはテレビカメラだけなのだから、先週と同じようにすればいいのだ。麻衣子はスタジオの時計にちらりと視線を走らせた。6時47分。あと13分で、服を脱ぎ始めなくてはならない……

 次は麻衣子の週末小旅行のコーナーだった。今回の訪問先は軽井沢で、馬術大会の取材がメインとなっていた。もちろん、麻衣子が急遽模範演技をすることになり、赤い乗馬服でさっそうと馬を乗りこなす姿も放送され、番組は大いに盛り上がった。麻衣子も楽しかった週末を思い出し、少し気持ちが軽くなっていた。
(あの時、鍋島さんの指示に従って撮影に応じていたら、こんなことにならなかったのかしら……)
麻衣子はふと後悔したが、今さらどうすることもできなかった。


 前半の30分間の放送が終わり、時刻は7時となった。

「おはようございます。7時になりました!」
麻衣子と栗山は笑顔でにそう言うと、テレビカメラに向かって頭を下げた。

 最初のニュースは麻衣子が読む番だ。麻衣子はガラステーブルの上に置いてある原稿に一瞬目を落とし、カメラ目線で話し始めた。このニュースが終わったら、いよいよ服を脱がなくてはならない。大勢の男の人が、私の裸の写真と見比べながら、この画面を見ているに違いない……

 今日の麻衣子の衣装は、レンガ色の袖フリルトップスにベージュのスカートという組み合わせだった。赤系の服に甘すぎないフリルが付き、麻衣子の上品な美しさと可憐さを際立たせていた。

 ニュースの冒頭部分を読むと、放送画面は取材映像に切り替わった。麻衣子はニュースの続きを読みながら、テレビカメラの隣りにある、モニター映像を見た。ここにもうすぐ、仮想着衣システムで加工した映像が映るのだ。大丈夫、今までと同じようにすればいいんだから……何度も自分にそう言い聞かせているのは、麻衣子の不安の裏返しでもあった。

『大丈夫、システムはさっきも動作確認しているから。ほら、表情が固いよ! 笑って!』
すかさず有川の声がインカムから聞こえた。ニュースを読み終えて視線を向けると、モニター画面の横で立っている有川と目が合った。有川は腕組みしたまま小さく頷いた。大丈夫、とその目が言っていた。

 次のニュースは栗山が読む番だ。放送画面には栗山の上半身がアップで映り、麻衣子は画面から外れた。いよいよ、脱衣しなければならない。次に麻衣子が映るまでの約30秒の間に、トップスを脱がなくてならない。急がなくちゃ……麻衣子は覚悟を決めると、トップスの裾に手をかけ、一気に引き上げた。白いレース付きのブラで覆われた上半身がスタジオの中で露わになった。麻衣子はそのまま腕を上げて、トップスから片手ずつ抜いた。駆け寄ってきたADにそのトップスを渡すと、両手を下ろして次のニュースの原稿を読む準備をした。まだ自分がニュースを読むまで10秒近くある……上半身はブラだけの半裸という格好は恥ずかしかったが、絶対に視聴者に気づかれるわけにはいかない……麻衣子は必死に心を落ち着かせ、すまし顔を作った。

『麻衣子ちゃん、落ち着いて聞いてくれ』
突然、インカムに有川の声が聞こえた。麻衣子が有川の方に目を向けると、放送中映像のモニター画面の横に、もう一つのディスプレイが設置されていた。その画面にも、同じ放送映像が映し出されていた。

(え、どういうこと?)
麻衣子は訝しい思いで有川を見た。自分のニュースまで、あと5秒しかない……本当に、仮想着衣システムは今回もちゃんと機能してくれるのか……麻衣子は有川を見て、首を小さく振った。ニュースに集中したいので、後にしてください……

「米国商務省のR氏が昨日来日しました……」
麻衣子はそこまでをいつもの落ち着いた口調で話すと、ちらりとモニター画面に視線を向けた。大丈夫、しっかりと着衣姿が放送されているわよね……え!?
「今日、経済産業大臣との会合に臨む予定となっています……」
ほんの少し、口調が乱れてしまった。

 麻衣子が動揺するのも無理はなかった。放送映像を映しているモニター画面の隣の、もう一つのディスプレイには、ブラだけの上半身でニュースを読んでいる麻衣子の姿が映し出されていたのだ。麻衣子は少し表情を強張らせたが、何とかニュースを読み続けた。(これは、システムで加工する前の実際の映像よね……でも、どうしてわざわざ私に見せるの?)
「今回の日米交渉では、農業分野の解放を強く要請されることが確実視されております……」
画面が取材映像に切り替わり、来日した商務省長官が映し出されていた。もう一つのディスプレイも同じ映像だった。

 麻衣子がそのニュースを読み終わると、次は栗山の番だ。今度は、スカートを脱がなければならない。一体どういうことなのか……疑問に思っても、今の麻衣子には迷っている時間はなかった。スカートのホックを外し、ゆっくりと下ろしていきながら、麻衣子は不安そうな目で有川の方を見た。

『実は、このディスプレイの映像は、今ネットで生中継されている映像だ』
有川が早口でまくし立てた。
『でも大丈夫だ、映像を流している者は、これが「仮想脱衣システムの新バージョンだ」と言ってる。これが本物だと言われたくなければ、このディスプレイを本澤アナに見せろ、というのがこの動画の作者の我々への要求だ……』

(そ、そんな!……)
麻衣子は思わず目を見開いた。それはつまり、仮想脱衣システムと言いながら、全裸で放送している姿をそのまま、インターネットで生中継されてしまうということではないか。それに、こんなことができるのは、あの人しかいない……

"そう、僕だよ。久しぶりだね、麻衣子ちゃん"
突然、脳裏に「声」が聞こえた。
"ちょっと色々あってお話できなかったけど、今までの全裸放送も楽しませてもらってたよ。今日は全国の皆様に生中継だから刺激的でしょ?"

(ちょ、ちょっと待って、やめて、そんなこと!)
あまりに意外なことが続き、麻衣子の頭は混乱していた。スタジオには、栗山のニュースの終わりのコメントが響いていた。例えネットでこの姿がそのまま中継されていても、生放送のニュース放送をやめることはできない……

 栗山がニュースを読み終わった。彼も有川の声をインカムで聞いていて異変に気付いてはいたが、冷静な表情のまま、隣の麻衣子の方をちらりと見た。今の麻衣子は白いレース付きのブラとパンティ、ベージュのストッキングだけを身に着けた姿だった。栗山もまた、唾を飲み込み、必死に平静を保とうとしていた。

 麻衣子は小さく頷くと、正面のテレビカメラを見つめた。
「……先月は広く高気圧に覆われて晴れる日が多かったことなどから、西日本の日本海側と東日本で降水量がかなり少なくなり、このうち東京都心など全国4か所で、月間としては統計を取り始めてから最も少なくなりました……」
放送映像のモニター画面には、レンガ色の袖フリルトップスを着た、可憐な麻衣子の上半身が映っていた。しかし、隣のディスプレイ、すなわちネットで生中継されている画面には、ブラだけの半裸姿の上半身となっている麻衣子が映し出されていた。

"うわ、すっごい反響だよ、麻衣子ちゃん!"
ニュースを読んでいる麻衣子の脳内に直接「声」が話しかけてきた。
"やっぱり動画は迫力が違う、とか、麻衣子ちゃんの肌きれい、とか、おっぱい結構大きい、とか、早くすっぽんぽんになれ!、とかさ、掲示板がものすごいことになってるよ(笑)"

 放送映像が取材映像に切り替わった。
「……気象庁によりますと、先月は広く高気圧に覆われて晴れる日が多くなったことなどから、1か月の降水量は西日本の日本海側と東日本でかなり少なくなり、……」
脳内の「声」に邪魔されながらも、麻衣子は何とか原稿を文字通りに読み続けることができた。それは、今までの厳しい訓練と経験の成果だった。

 ようやくそのニュースを読み終えた麻衣子だったが、本当の試練はこれからだった。次のニュースを栗山が読んでいる30秒の間にブラを脱がなくてはならない。そしてその次は、胸を露出させた姿でニュースを読まなければならないのだ。放送映像は仮想着衣システムを使うので大丈夫だが、ネットでは「仮想脱衣システム」として、半裸姿がそのまま中継されてしまうのだ……

"大丈夫、ネットのみんなはコラージュ動画をリアルタイムで作ってるって信じてくれてるから"
『いつもどおり、落ち着いて。ネットの動画なんて、あとからなんとでもごまかせるんだから!』
脳内で「声」、インカムから有川の声が同時に響き、麻衣子は小さく首を振った。ひどい、みんな! ネットとは言え、乳房を生中継されながらニュースを読むなんて、できるわけがないではないか……

 しかし同時に、それをしない訳にはいかないことも知っていた。時間はあと20秒しかない。栗山がニュースを読む声を聞きながら、麻衣子は両手を後ろに回し、ブラのホックに指をかけた。


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