PART 33(a)

 「サプライズゲストって、本澤さんが、ビキニでってこと、ですか・・・?」
男の声のトーンが急に落ちた。
「確かに昨日も来てくださって学生たちは大喜びでしたが・・・」
男はそう言いながら、麻衣子の肢体を改めて眺めた。さっきは破廉恥と言ったが、天下のN放送の有名女子アナと思って見ると、抜けるように白い肌は美しく、品があるようにも感じられた。しかし、この太ももの艶めかしさ、プルプルと震える乳房は少し刺激的ではないのか・・・

 「そうなんですよ! 本澤さんが、今日はこの格好で馬に乗って、皆を驚かせたいとおっしゃったもので・・・」
鍋島はすかさず男の誤解を利用することにした。懐から名刺を取り出し、男に近付く。
「私、こういう者でございます。どうぞよろしくお願いします。」
肩書きは大手出版社専属記者、となっていた。
「週刊○○などの記事を書いています」
週刊○○は、その出版社の最も有名な雑誌だった。しかし鍋島は、その雑誌には一度だけしか記事を載せたことがなかった。

 「はあ、わざわざこんな有名な雑誌の取材に来てくださったんですか・・・」
男は名刺をしげしげと眺め、次に顔を上げて、再び麻衣子のビキニ姿を眺めた。ヘルメットとブーツを着け、半裸姿で馬に跨がっている若い女性の姿はやはり刺激的だった。
「それじゃあ、行きましょうか?」

 「え?」
警察に突き出されたらどうしようと心配していた麻衣子は、急に問われて戸惑った。行きましょうかって?・・・サプライズゲスト・・・学生たちが喜ぶ・・・!!

 「そうですね、よろしくお願いします」
鍋島はすかさずそう言うと、軽く右手を上げ、麻衣子の尻を軽く叩いた。
「ほら、早く行きましょう、本澤さん!」
鍋島は叩いた尻から手を離さず軽く揉み込みながら、麻衣子にだけ聞こえるように囁いた。
「仕方ないだろ。早くしないと、脱がしちゃうよ?」
鍋島は手を動かして、紐ビキニのボトムの右側の紐を掴み、軽く引っ張った。

 「はい、よろしくお願いします・・・」
(分かりましたから、手を離してください!)麻衣子は男に向かって答えながら、ちらりと鍋島を睨んだ。

 
 成り行き上、馬術大会にゲスト参加せざるを得なくなった麻衣子だったが、馬場の出口近くまで来て、事の重大さを悟り、大きく身震いした。この格好のまま、大学全国大会の会場に?・・・昨日会った選手の皆に、ビキニで馬に乗った姿を見られる!・・・大学の後輩達も!

 「あの、本当にこの格好で行ってもいいんですか?」
麻衣子は遠慮がちに質問した。馬が歩く度に乳房が大きく震えるのが恥ずかしかった。

 「まあ、普通のグラビアアイドルがそんな格好で出てきたら、馬術に対する冒涜だって大ブーイングだと思うけど、本澤さんなら大丈夫でしょう?」
大会の運営者らしいその男はあっさりと言った。
「それに、大会運営事務局には当然、許可をもらってるんですよね?」
男は振り向くと、麻衣子の太ももをちらりと見た。ちょっと学生には刺激が強すぎるけどな・・・

 
 馬場の外に出ると、競技場の入口まではほんの50メートルほどだった。観客用の入口とは別なので、幸い周囲には誰も見あたらなかった。

 入口を抜けると、そこは競技に出る馬が控える場所だった。今は二日目の簡単な開会の挨拶の最中であるため、麻衣子達はそこに陣取ることができた。

 それじゃあ、後はよろしくお願いします・・・運営の男はそう言い残すと、麻衣子達から離れていった。残ったのは、馬にビキニ姿で乗っている麻衣子と、鍋島と、カメラマンの3人だった。

 「よし、それじゃあ、今の挨拶が終わったところで、さっと出て行こう!」
鍋島がそう言いながら麻衣子の太ももに手を伸ばした。

 「ちょっと、触らないでください!」
麻衣子は手綱から右手を離し、鍋島の手をどけようとした。
「早く逃げましょう!」
早くしないと、ここにも誰かが来てしまう・・・麻衣子は焦った。

 「何言ってんの? せっかくの機会だから、楽しもうよ」
鍋島は麻衣子の太ももから手を離さないままで言った。 
「それにもし逃げたりしたら、さっきの男が黙ってないだろ。騙されたと知ったら、きっと警察に言うぞ、本澤麻衣子がビキニでお尻はみ出して馬に乗ってたってさ・・・」

 「そ、そんな!」
麻衣子はきっと鍋島を睨みつけたが、鍋島の手は相変わらず太ももをさすっていた。

 「おっと、怖いなあ。いいじゃん、太もも触るくらい」
鍋島はそう言ったが、再度睨みつけられると麻衣子の雰囲気に押され、やっと太ももから手を離した。
「しっかし、挨拶なげえな。絶対誰も聞いてないぞ」
 
 しかし今の麻衣子はそれどころではなかった。鍋島の手が離れると、今度は別の羞恥が心を満たしてきたのだ。本当に、こんな破廉恥な格好で皆の前に出ていかなければならないのか・・・

 "あんまりそわそわしない方がいいよ"
突然、頭の中で「声」が響いた。
”聞こえるよね? なんか、ここだと麻衣子ちゃんの意識がはっきり分かるよ”

 麻衣子がはっと目を見開いた。
(嘘、どうして? スタジオでしか通じないはずでしょ? 嫌、何もしないでっ!)
「声」の主の力がここでも及ぶと知り、麻衣子は悲鳴を上げそうになった。「声」は心を読んだり脳内に話しかけるだけでなく、軽い力も及ぼすことができるのだ。もし、皆の前に出たときにビキニの紐を引っ張られたら・・・

 「ん、どうした、麻衣子ちゃん? おしっこでもしたいのか?」
鍋島が麻衣子の様子に気付き、すかさずからかってきた。しかし、麻衣子の本当の窮状は知らないようだった。

 競技場の方では、まだ挨拶が続いていた。

 "お願い、本当に何もしないでください!"
麻衣子はもうどうしていいか分からなかった。「声」はだいたいすぐに返事をするのに、今は沈黙していた。まるで、麻衣子の最悪のイメージを楽しんでいるかのように・・・

 「えー、それではここで、特別ゲストを紹介します」
突然、競技場から若い男の声が響いてきた。
「皆様よくご存知の方が、今日も応援に駆けつけてくださっています・・・それでは、どうぞ!」

 え?と驚いた麻衣子だったが、さっきの男が顔を覗かせた。ほら、早く、と手招きをしていた。

 「良かったな、あいつが話を通してくれたんだ。ほら、早く行きなよ」
鍋島はそう言うと、軽く麻衣子の尻を叩いた。

 「ひ、ひいっ!」
その瞬間、麻衣子は全身をびぐっと震わせ、顔を仰け反らせて悲鳴を上げた。ボトムの紐を引っ張られるかと冷や冷やしていたためだった。

 麻衣子がぎゅっと脚に力を込めて馬の腹を締め付けたのを誤解し、馬が前に歩き始めた。

 「あ、きゃっ」
麻衣子は悲鳴をあげながら、必死に体勢を立て直し、手綱を握った。違うの、止まって、と馬に指示をしようとしたが、うまく力が伝わらない。破滅の予感に脚がガクガク震えて馬の腹を締め続け、馬に誤ったメッセージを伝えていた。

 "麻衣子ちゃん、へっぴり腰になってるよ。もっと堂々と、背筋を伸ばして!"
意地悪な「声」が響いた。
”大丈夫だよ、可愛くて似合ってるよ、極小紐ビキニ!(笑)”

 (ひどい、からかわないで!)
しかし、いくら憤っても、今の麻衣子はどうすることもできなかった。もう、競技会場は目前だ。恥ずかしい水着での乗馬姿の披露を、騒ぎにならないように、できるだけ早く終わりにする・・・そのためには、不自然な様子を見せないことだ・・・麻衣子は自分にそう言い聞かせ、なんとか笑顔を作った。

 眩しい日の光に包まれた会場はもう目の前だ。麻衣子は覚悟を決め、馬を前に進めた。昨日と同じく、大勢の観客と学生達、大会スタッフ達の姿が視界に飛び込んできた。あっけにとられたような表情がビキニ姿に向けられ、麻衣子は全身が燃えそうに熱くなった。

 一瞬の沈黙の後、会場はわああっという歓声に包まれた。

 「えー、本日のサプライズゲストは、N放送のアナウンサーの本澤麻衣子さんです!」
スタッフの声がマイクに乗って競技場に響いた。
「昨日は上品な乗馬服姿でしたが、今日は水着での登場です!」
わああ、という歓声と共に大きな拍手が起こった。一部で、何やってんの?、と非難する女性の声も聞こえた。

 馬に乗っている麻衣子の下にいるスタッフが、どうぞ、と言って手を伸ばしてきた。その手には、首にかけるタイプのマイクが握られていた。昨日着けたのと同じものだ。麻衣子はそれを受け取ると首に掛け、笑みを浮かべた。もう、やるしかない・・・

 ふと気が付くと、競技場一杯に埋まった観客達が静まり返っていた。歓声や悲鳴はすっかり収まり、皆、麻衣子のビキニの肢体を興味津々の表情で見つめていた。

 (ああ、やっぱり駄目、こんなの・・・)
麻衣子は思わず両手を手綱から離し、背中を丸め、両腕で胸を庇った。肌を撫でる風や日の光の熱を感じて、あまりに非日常的な状況に小さく身震いした。

 ”大丈夫。水着でしっかり挨拶してくれれば、裸にしたりしないから”
ようやく「声」が聞こえた。
”今まで、約束を破ったことはないでしょ、安心して”

 確かに「声」の主が約束を破ったことはないかもしれない・・・麻衣子はそう思って少しほっとした。それでも一抹の不安は残っていたが、麻衣子は敢えて気にしないようにした。そして、これからが羞恥地獄の本番であるとは夢にも思っていなかった。


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