PART 36(a)

 (そ、そんな!)
麻衣子の顔が強張った。千人もの大観衆の前で、乳房と半尻を露出してしまったのに、何も無かったように演技を続けられるはずがないではないか・・・

 ”あれ、まさか逆らうつもり、麻衣子ちゃん?”
余裕を持った「声」が聞こえた。
”逆らうんだったら、今すぐ、麻衣子ちゃんの全裸ニュース動画、ネットに拡散させちゃうよ?”

 ”そんな・・・お願い、それだけは許して”

 ”それじゃあ、気を取り直して、後半も頑張って演技してよ。うまく演技できたら、この場の被害は最小限にしてあげるから”
「声」は自信満々の様子だった。
”皆の記憶を消すのは無理だけど、他には漏れないようにしてあげるよ。ほら、もう時間がないよ”


 しばらくぼおっとした様子だった麻衣子が、すっと背筋を伸ばして手綱を握りしめたのを見て、ギャラリーは目を疑った。まさか、こんなことがあっても、まだ障害の演技を続けるつもりなのか・・・?

 やるしかないんだから・・・麻衣子は悲愴な決意をするしかなかった。今までも、「声」は必ず自分の出した命令を麻衣子に実現させてきたのだ。下手に抵抗すると、さらに恥ずかしい責めを受けることになることも、いやというほど思い知らされていた。それに、残りの演技さえ成功させれば、この場での羞恥は、方法は分からないけど、なんとかしてくれるそうだ。それにすがるしかない・・・

 麻衣子は一旦手綱から手を離し、トップスとボトムがしっかりと身体を覆っているか再確認した。よし、大丈夫・・・スムーズに飛びさえすれば、大丈夫・・・飛越したら、すぐに確認するようにすれば・・・麻衣子は手綱に両手を戻し、馬の腹を軽く蹴った。

 残っている障害は、第7障害から第11障害までの五つだ。第7障害は十数メートル先にあり、高さ125cmx130cm 幅130cmのオクサーだ。第7障害の次には、十メートルも離れずに第8障害があり、高さ130cmの垂直障害だ・・・麻衣子は次に馬に駈歩の指示を出した。落ち着きを取り戻した馬は、麻衣子の意思に忠実に加速していった。

 第7障害を前に、麻衣子は適切なタイミングで指示を出し、馬は完璧な位置で踏み切った。麻衣子と馬は再び一体となり、すんなりとオクサーを越えた。

 そして着地もうまくいった・・・筈だったが、麻衣子にとって誤算が生じた。反動でトップスがするりと持ち上がり、再び両方の乳房が露出してしまったのだ。おおおっ、と意地悪な歓声が湧いた。

 「嘘っ!?」
麻衣子は悲鳴を上げた。さっきよりもずっと衝撃が少なかったはずなのに・・・トップスが伸びて緩くなっていたのか・・・しかし、もう数メートル先には第8障害が迫っていた。

 麻衣子は反射的に飛越の指示を出し、馬と共に130cmの障害を越えた。もちろん、乳房を隠すことはできない。乳房を丸出しにして宙に浮く姿にギャラリーの視線が突き刺さるのを感じ、麻衣子はぶるっと震えた。

 麻衣子の不自然な動きで、馬と騎乗者の合成重心がずれてしまった。どすん、と馬はバランスを崩して着地し、ブモオッと不満気なうめき声を出した。その反動で麻衣子の腰が跳ね、またボトムがお尻の溝に食い込んだ。

 ”麻衣子ちゃん、あと3つだよ、頑張って! いいじゃん、オッパイも半ケツもさっき見られたんだから”
「声」の調子は完全に他人事だった。
”あ、でも、携帯とかビデオカメラで撮ってる奴が増えたな(笑)”

 「駄目、撮らないでっ!」
競技場に麻衣子の悲鳴が響いた。しかしそれは、失笑と嘲笑を誘うだけに終わった。

 「何言ってんの、自分から見せつけてるくせに(笑)」
「そのビキニじゃポロリしちゃうって分かってたでしょ?」
「撮らないでって言いながらケツ振り立てないでよ(笑)」
「最低っ、馬術を何だと思ってるの!」
「テレビでのあれも、やっぱりわざとだったんじゃない?」
「みんなでじっくり撮ってあげようよ、そんなに見てほしいなら」
「本澤さん・・・好きだったのに、露出狂だったなんてなあ・・・」
「そんなにオッパイ振り立てて、ストリッパーかよ(笑)」

 第9障害に向かうためには、競技場の四隅の角に沿うように左回りに大きく旋回しなければならなかった。その結果、麻衣子は観客達に間近で乳房を見せつけながら、意地悪な野次を聞かされることになった。また、目の前で沢山のフラッシュが光り、シャッター音がバシャバシャと響くのが一層羞恥心を抉った。

 あとほんの少し・・・麻衣子は悩乱しながらも、演技を続けることを選択するしかなかった。ここでやめてしまったら、全裸でニュース番組に出演している映像を世界中にばらまかれてしまうのだ・・・それは女性として、完全な破滅だった・・・だけどそのために、こんな格好で馬に乗る姿を見せなければならないなんて・・・

 しかし、ちょうどいい具合に力が抜けて、反射的に身体を動かした結果、第9障害の飛越自体は完璧にうまくいった。ただ、今度は感嘆の声は聞こえず、乳房丸出し、半ケツ姿で競技を続けることを揶揄する声しか聞こえなかった。

 第10障害に向かうためには、さっきと反対側の角に沿うように、今度は大きく右回りに旋回しなければならなかった。ギャラリーの呆れた視線を浴び、カメラを向けられ、丸出しの乳房を批評され、笑われ・・・麻衣子はあまりの羞恥に頭がぼうっとなってきていた。

 それでも、第10障害の高さ125cmx130cm 幅70cmのオクサーを、麻衣子と馬は何とか越えることができた。麻衣子の体重移動だけがややタイミングがずれていたが、馬がうまく対応したのも成功の要因だった。

 最後の第11障害は最大の難関だった。そこには、高さ130cmの垂直障害、高さ130cmx130cm・幅120cmのオクサー、高さ130cmx130cm・幅150cmのオクサーが並んでいて、3回の飛越を息つく暇もなく連続して成功させなければならなかった。特に最後のオクサーは幅が最大であり、直前の着地後の加速が重要だった。

 第11障害に向かうには、出場選手たちの前を通過する必要があった。麻衣子にとって、観客達よりも、選手達の前で痴態を晒していることが一番辛かった。ごめんなさい、みんな、こんな格好で馬に乗って・・・でも、最後の障害なんだから、集中しないと・・・

 その時、女子学生達の声が麻衣子の耳に入った。
「先輩・・・どうして?・・・」
「もうやめてください!」
「本澤先輩・・・」

 それは、麻衣子が所属していたK大馬術部の後輩の女子学生達の声だった。皆、昨晩は飲み会に飛び入りした麻衣子を大歓迎してくれて、楽しく話をしていた。憧れの美人の先輩が衆人環視の中で双乳を晒して乗馬しているのだから、ショックを受けるのも当然だった。

 (あ、裕子ちゃん、愛美ちゃん、絵里香ちゃん・・・)
麻衣子の目が彼女達の姿を捉えた。時間の流れが極端に遅くなったように、皆の顔がスローモーションではっきりと見えた。三人とも、顔を真っ赤に染め、半分涙目になっていた。ごめんなさい、みんな・・・違うの、これは・・・
(・・・!)
 
 ほんの一瞬、第9障害から注意が逸れてしまった。麻衣子は慌てて両脚と手綱、重心移動で馬に指示を出した。
(お願い、飛んで!)

 ザッ・・・ほんの少しのタイミングのズレはあったが、馬は見事に地面を蹴り、麻衣子と共に宙に舞った。その瞬間、麻衣子の剥き出しの乳房と半分露出した尻を狙い、あちこちからシャッター音が響いた。

 ダン・・・馬は膝を曲げながら着地することで衝撃を巧みに吸収した。速度を落とすことなく駆け続け、麻衣子がすぐに次の飛越を指示すると、待っていたかのように完璧なタイミングで踏み切った。高さ130cmx130cm・幅120cmという今までで一番のオクサーを麻衣子と馬はひらりと越えていった。ギャラリーは、その美しい飛越に感心しながらも、意地悪く乳房と尻に視線を集中し、さらなる痴態を期待していた。

 (やめて、そんな・・・見ないで! 撮らないで!)
カメラの連写の音と、閃くフラッシュの嵐を浴び、麻衣子は一瞬、目の前が真っ白になった。

 ダ、ダン・・・二度目の着地は少し乱れた。麻衣子はバランスを崩しながらも、すぐに飛越を指示した。馬は速度を落とさずにすっと腰を沈め、地面を蹴った。
 最後のオクサーは、高さ130cmx130cm・幅150cm・・・今までで最大の幅だ。フワッ宙に舞い上がり、人馬一体となって空中を進む時、麻衣子はいつも不思議な感覚になった。急に時間の流れが遅くなり、周囲の光景がゆっくりと後方に流れていくような感じがしたのだ。それは、とても幸せな体験だった。

 しかし今はそれが徒になっていた。ヘルメットと乗馬ブーツ以外は、ほとんど裸の姿で宙を舞っている姿を、大勢の観客達が意地悪な目で見ているのが分かってしまうのだ。いや、こんなの・・・

 麻衣子が感じた羞恥が、致命傷となってしまった。ほんの少し、空中で集中が切れた麻衣子の身体が、馬のバランスを崩してしまったのだ。馬の前肢はオクサーを越えたが、後肢が一番上のバーに引っ掛かってしまった。

 ダン、という馬の着地音の後、カラン、と乾いた音が響いた。ああー、と競技場が溜め息に包まれた。

 (う、嘘・・・)馬を歩かせながら、麻衣子は呆然としていた。最後の最後に、失敗してしまうなんて・・・

 (あ!)
ふと大スクリーンを見た麻衣子は、自分の上半身がアップで映されていることに気づいた。もちろん、露出した白い乳房も乳輪も乳首も・・・
「きゃああっ」
麻衣子は必死にトップスを引き下ろし、ボトムを尻の溝から引き出した。肌を撫でる風と照りつける太陽の光の熱を感じ、麻衣子は屋外で痴態を晒してしまったことを改めて思い知らされた。

 はっとした表情を浮かべ、必死にビキニを直す仕草が、ギャラリーの嗜虐心を煽った。
「何今更慌ててんの、おっぱい丸出しでジャンプしてたくせに!(笑)」
「綺麗なおっぱい、もう何千枚も撮られてるから、心配しなくていいよ・・・」
「お尻も最後はほとんどTバック! いいもん見せてもらったよー」
あちこちから野次が飛び、競技場は笑いに包まれた。

 スピーカーからアナウンスが流れた。
 「はい、これで本澤さんの模範演技を終了します。本澤さん、ありがとうございました!」
あはは、模範演技だってえ!、と意地悪な女性の声が響き、乾いた笑いが続いた。


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