PART 13(bb)

 そして次の日。梨沙はいつもの時間に登校すると、恐る恐る全校生徒が見る掲示板を確認した。しかし今日は、梨沙の恥ずかしい写真は貼られていなかった。やっぱり、芳佳ちゃんの言うとおりなのかな・・・ほんの少しだけ、安堵する梨沙だった。

 その日の午前中も特に変わったことは無く、普段どおりに授業を受けることができた。そして、昼休みになった時、新井がさりげなく岩本の机に近くに行くのが見えた。新井が何か言うと、岩本は小さく頷いて席を立ち、2人で教室を出ていった。(いよいよね・・・)ファミレスで下着を露出させられた写真と動画がこれから岩本に見せられると思うと恥ずかしかったが、何とか新井がうまく立ち回ることを祈るしかなかった。みどりやゆきなに悟らせないよう、芳佳の方を見たい気持ちを必死に押さえていた。

 しばらくすると新井が一人で戻ってきた。そして梨沙の方には敢えて視線を向けず、自分の席に座った。さらに、昼休みの終了間際に岩本が戻ってきて、やはり梨沙の方は見ずに席についた。

 5時間目、6時間目も何事もなく過ぎ去り、梨沙は拍子抜けした気分だった。
(どういうこと? 新井くん、ちゃんと話してくれたのかな? それとも、これから呼び出すつもり?)しかしやはり何事も起こることはなく、梨沙はいつもどおり、バスケ部の練習に参加することにした。


 しかし梨紗が更衣室に向かっている途中、携帯電話が震え、メールの着信を告げた。画面を見ると、新井からのメールだった。(何だろう・・・)梨紗は周囲を見回し、誰も近くにいないことを確認してからそのメールを開いた。

『梨沙ちゃんへ
 岩本に話したよ。梨沙ちゃんの弱味を握ってるって言って、最初の写真と動画を見せた。半信半疑だったから、何か梨沙ちゃんに命令して証明することになったんだ。と言うわけで、今日のバスケの練習、普通の下着で参加してね。スポーツブラとかは駄目だからね。』

 「ちょ、ちょっと、新井くん・・・」
梨沙は画面を見ながら思わず呟き、また慌てて周りを見た。新井と通じていることがばれたらお終いなのだ。しかし、それにしても・・・

 バスケをする時、女子はウェアの下に白やベージュのスポーツブラとスポーツショーツを身に付けるのが普通だった。そうしないと、激しい動きで乳房が揺れるのが見えてしまうし、白を基調としたウェアでは、色付きの下着は透けてしまうからだった。そして今日、梨沙は水色の下着を身に付けていた・・・

 しかし、梨沙に迷う余地はほとんど無かった。下着を見せることは拒めないほどの弱味を握られていることになっているのに、バスケウェアから少し透ける格好になるよう命令されて従わない訳にはいかない。それに、真意を確認しようにも、学校では新井に電話をしない約束になっているし、メールをやりとりしている時間もなかった。

 「どうしたの、梨沙ちゃん?」
テニス部に所属しているゆきなが梨沙を振り返って言った。
「早くしないと遅刻しちゃうよ?」

 更衣室に着くと、梨沙は隅の方で一人で着替えた。制服のブラウスとスカートを脱ぎ、下着姿になる。下を見ると、お気に入りの可愛い水色のブラとパンティが目に入った。ブラはレースの刺繍付きで優美な形をしていて、梨沙の80のバストを優しく包んでいた。そして、パンティはやや股浅で暑苦しくないものだった。本当に、この上にバスケのウェアを着るの?・・・カバンの中にはスポーツブラとショーツがあるのに・・・梨沙は暫く躊躇った。しかしそれは無駄な抵抗であることを自らがよく分かっていた。
「だ、大丈夫、あんまり動かないで、汗を掻かないようにすれば・・・」
梨沙は小声で呟くと、ウェアを手に取った。


 バスケウェアに着替えると、梨沙は平静を装いながら更衣室の外に出た。目の前に見えるのは、いつもの校庭の風景だ。ランニングをしている陸上部、軽いダッシュをしているサッカー部、テニス部・・・数人で群れてじゃれながら下校する生徒達・・・しかし今の梨沙には、それが全く違う光景に感じられた。今から、その中を通って体育館に行かなければいけないのだ。お願い、私を見ないで、気付かないで・・・

 幸い、梨沙は誰にも不審に思われることなく、体育館に辿り付くことができた。梨沙が平静を装っていたこと、ゆっくり歩いたため胸が揺れなかったこと、曇天のため下着があまり透けなかったこと、が奏功したのだった。しかし、バスケの練習では・・・

 「谷村さん、遅いわよ!」
梨沙が体育館の中に入った途端、鋭い叱責の声が飛んだ。それは、9月から女子部長になった沖田智美の声だった。智美の前には、既に全員の女子バスケ部員が集まっていた。コートは2面あり、奥のコートでは既に男子達が練習を始めていた。
「早く、走ってきて!」

 「ご、ごめん!」
同学年の女子に厳しく咎められ、また、30人以上の女子の視線を浴び、梨沙は慌てて謝り、コートに向かってダッシュした。K大附属高では、夏に代替わりが行われ、9月からは2年生が最上級生となっていた。そして実力的には梨沙の次だが、梨沙が生徒会長であるため、しっかり者の沖田智美が女子部長になっていたのだ。そして、梨沙と智美は中一時代から5年に及び同じ部活をしている親友だった。下級生の手前、わざと厳しくしているのが梨沙にはよく分かっていた。

 しかしそのほんの数秒で、体育館の中の空気がさっと変わった。
「・・・り、梨沙ちゃ・・・いえ、谷村さん、どうしたの?」

 顔を上げた梨沙は自分を見つめる女子達の顔を見て、何が起きたかを悟った。
「あっ! い、いやっ!」
自分のウェアが肌に密着し、水色のブラが透けているのに気が付いて、梨沙は小さな悲鳴を上げてウェアを引っぱった。しかしそれでも、うっすらと透けた下着を隠すことはできなかった。下級生も見ているのに・・・そして、騒ぎに気付いた男子達が、向こうのコートからこちらをちらちらと見ているのも分かった。

 「あの、谷村さん、それで練習するつもり?」
智美が若干戸惑った口調で聞いた。親友としては庇いたい気持ちで一杯だったが、立場上それはできなかった。他の高2の女子も同じ気持ちで梨沙を心配そうに見つめていた。

 (ああ、恥ずかしい・・・でも、ここで止めたら、今までの努力が水の泡だわ。もう、チャンスがなくなっちゃう)梨沙は内心の葛藤を押さえ、無理に笑顔を作った。
「う、うん・・・ごめんなさい、今日、スポーツ用のインナー忘れちゃった。大丈夫、これで頑張るから!」
驚愕する女子達の顔を見ながら、梨沙の声は少し上ずっていた。

 智美は何か言いたそうだったが、目が合った梨沙が小さく頷くのを見ると、吹っ切れたように皆を見て声を上げた。
「はい、それじゃあ練習、始めるわよ。もうすぐ秋季大会なんだから、気合い入れていくわよ。」
智美がそう言うと、皆が素直にはい!、と答えた。
「それじゃあまず、コートの周りを10周!・・・」
智美はそう言いかけて言葉を止めた。
「ちょ、ちょっと、何ですか、あなた達? あ、勝手に撮らないで!」

 その視線の先には、制服姿の三人の男子がいて、高そうなカメラを女子達に向けてシャッターを切っていた。
「こんにちは、沖田部長。今日はどうぞ、よろしくお願いします!」
一人の男子がカメラから目を離し、智美の方を見てお辞儀をした。

 「ちょっと、お願いしますってどういうこと? 写真撮影を許可した覚えはないけど?」
智美は不審な顔で続けた。
「あなた達、まさか写真部? 岩本君は?」

 「あれ、おかしいなあ・・・僕は写真部の1年の水沢ですけど、岩本部長から聞いていませんか?」
水沢と名乗った男子は困った表情で言った。
「だって沖田先輩、前に言ったでしょ、大会前の取材ならいつでも受けるって。」

 「取材って、・・・確かに、新聞部の伊達くんには確かにそう言ったことあるけど・・・」
智美は困惑しながら答えた。

 「だから今日は、新聞部に依頼されて来たんですよ、僕達。」
智美が思い出したことに力づけられ、水沢はにこりと笑った。
「だって新聞部なんて、部員が3人しかいないんですから、写真部が撮影と同時に取材してあげないと駄目なんですよ。部室のパソコンも古いから記事書いてレイアウト作ってたらやたら時間かかるらしいし。」

 「・・・わ、分かったわ。分かったけど、今日はちょっと・・・」
智美は少し口ごもった。そしてちらりと梨沙のウエアを見た。
「少なくとも撮影は他の日にしてほしいんだけど、今日じゃなきゃ駄目なの?」

 「・・・え、困ったなあ、こっちだって他の部も取材しなくちゃいけないから、スケジュールを変えたくないんだけど。」
いつの間にか写真部の3人は女子達に囲まれることになり、水沢は弱った表情になった。
「あ、そう言えば、岩本部長が、何かあったら谷村先輩にお願いすれば分かってくれるって言ってましたけど・・・谷村先輩は、今日はいないんですか?」

 (・・・岩本くんっ!? そういうことなの!?)女子達の人垣の後ろになり、カメラから逃れていた梨沙は表情を引きつらせた。新井に命令して普段の下着姿で部活に参加させ、偶然を装って写真部の「取材」として練習風景を撮影させる・・・
 (ひどい、卑怯よ、岩本くん)自分は陰にいて女子を辱めるやり方に、梨沙は怒りを覚えた。しかし一方で、梨沙はその巧妙なやり方の前に屈するしかないことも悟った。これが、岩本なりのテストなのだ。もし、新井が自分のもっと恥ずかしい写真や動画を持っているならば、これぐらいできない筈がないだろって試すつもり?・・・

 「・・・こ、ここにいるわ。」
一瞬の沈黙の後、覚悟を決めた梨沙が声を出した。そして、人垣を作ってくれた女子達をかき分ける形で前に出た。
「ね、ねえ、智美・・・いいんじゃない、取材を受けたって?」
できるだけウェアを身体から離した梨沙だったが、それでも水色の下着の上下がうっすらと透けていた。

 「・・・え、う、うん、分かったわ。2年のエースのあなたが言うなら・・・」
智美は戸惑った顔で頷いた。(そんな格好で練習をしたら、どんな姿を撮影されてしまうのか、分かっているでしょ、梨沙ちゃん? どうして?・・・)しかし智美には、これ以上無理に取材を断る理由が無かった。
「だけど、練習中は撮影だけよ、話しかけたりしないでね。それからもちろん、変な写真は撮らないでよ。新聞に載せたりホームページにアップする前に、私達にチェックさせてもらうからね、いいわね?」
智美に言えるのはそれが精一杯だった。

 「いいですよ。でも僕達にもプライドがあります。どういう風に取材して、どんな写真を撮るか、途中の段階では口を挟まないでくださいよ。文句があったら岩本部長に言ってください。」
1年生の癖に、水沢はいっぱしの口調で答えた。


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