PART 18(bb)

 その2週間後の土曜日。午前で授業が終わって帰ろうとしていた梨沙を、岩本がさりげなく呼び出した。 
「ねえ梨沙ちゃん、今日の午後って時間あるかな?」
ほんの少し前までは谷村さん、と遠慮がちに言っていた岩本だったが、今ではすっかり馴れ馴れしい口調だった。
「ちょっとお願いがあるんだけど・・・」

 「え?・・・まあ、特に予定は無いけど・・・」
待っていた筈の展開だったが、いざとなると気後れしながら梨沙は答えた。今度は私に何をさせるつもりなの・・・ 
「分かってると思うけど・・・あれ以上、なんて、無理よ・・・」

 「ああ、分かってるって。下着まではOKだけどオッパイとアソコとケツ見せるのはNGってことだよね。新井からちゃんとそう聞いてるって。あ、おさわりもダメなんだっけ?」
岩本は梨沙がまるで安っぽい風俗嬢であるかのような言い方をしてニヤニヤ笑った。
「それでさ、ある有名写真家なんだけど、梨沙ちゃんの写真を見てすごく気に入ったんだって。・・・で、今日の午後なら時間があるから、少し撮影させてくれないかって。悪い話じゃないだろ? 下手したら、そのまま写真集出してもらってデビューできるかもよ。あ、校門を出たらすぐのところに車が停まってるから、すぐに行くよ。」
岩本は梨沙が断るはずが無いと確信しきっていた。そして悔しいことにそれは事実だった。

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 その30分後。梨沙と岩本を乗せた車は、新宿にできたばかりの大きな遊園地の中に入り、VIP用駐車場に滑り込んでいった。梨沙は芳佳と連絡を取りたかったが、岩本が横にいてはそれもできなかった。芳佳が仲間だと分かったら警戒されてしまう。

 駐車場の奥に車が停まると、待ちかまえていたようにスーツ姿の男が駆け寄ってきた。
「遅かったね。君が谷村さんだよね、今日はよろしく。さ、急いで!」

 そして訳も分からないまま、梨沙はその男と岩本と連れだって遊園地のVIP駐車場の通路を走らされることになった。どこに行くのかと梨沙が聞いても答える声はなかった。

 ようやくスーツ姿の男の足が止まったのは、陽光が漏れてくるドアの手前に来た時だった。
「それで君、まだ事務所から契約書をもらってないんだけど、どうなっているのかな?」
男はそう言うと、せわしげな仕草で手を差し出した。

 戸惑う梨沙を軽く手で制しながら岩本が答えた。
「ああ、すみません、このコ、まだ事務所に入ってないんですよ。その場合、ここにサインしてもらえばいいんですよね?」
岩本はそう言いながら一枚の紙を男に見せた。男が一瞥して頷くのを確認すると、岩本はそれを梨沙に手渡した。
「ほら、早くサインして、梨沙ちゃん。みんな待ってるよ。」

 「え、そんなこと言われても・・・」
梨沙は抵抗を感じながらもその紙を受け取るしかなかった。そこには「契約書」とタイトルが書かれ、小さな字でいくつもの条文が記されていた。
(え、何これ?)

 「頼むから早くしてくれないかな! 大丈夫だよ、みんながサインしてるものなんだから。」
男の苛立った声と舌打ちは、梨沙にそれ以上の躊躇を許さなかった。

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 邪魔になるから預かる、と鞄を取り上げられた梨沙は、押し出されるようにしてその扉の外へと出された。

 その瞬間、おおっという大勢の男の歓声が響き、梨沙は思わず身がすくんだ。(え、な、何!?)梨沙は前を見ようとしたが、太陽の光をまともに浴びてなかなかはっきりと見えてこなかった。

 「はい、皆様お待たせしました! 期待の新人、谷村梨沙ちゃんの登場です。学校が終わってすぐに駆けつけてくれました。ほら、あのK附の本物の制服ですよ。」
今度は突然アナウンサーのようなマイクの声が響き、梨沙を一層混乱に陥れた。

 「どうしたの、梨沙ちゃん、そんなに驚いた顔して?」
そう言って顔を覗き込んできたのは、どこかで見覚えのある顔だった。
「どうも、初めまして。」

 「あ・・・」
(・・・確か、カメラマンの野々村隆史・・・有名なカメラマンって、まさか・・・)あまりの大物の登場に梨沙は絶句した。これが、岩本君の言ってた撮影会なの?・・・

 「あ、じゃないわよ、梨沙ちゃん。」
今度は若い女の子の甲高い声が聞こえた。梨沙が声のする方を見ると、そこには可愛いビキニ姿の女の子が3人立っていた。
「いきなり野々村さんに撮ってもらえるのに、挨拶はないのかな?」
「それに、こんなに遅れてきたんだから、お客様に何か言うことがあるんじゃないんですかあ?」

 「あ、あの、すみません・・・遅れてしまって、申し訳ありませんでした。」
3人に促されるようにしてマイクの前に立った梨沙は、たどたどしく話し始めた。とにかく、謝らなくちゃ・・・
「あ、あの、今日は、撮影をしていただけるということで、本当に、ありがとうございます。申し遅れましたが、私、谷村梨沙と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
梨沙は何とかそう言うと、野々村と観客達の方に向かって上品に頭を下げた。あれ、みんな、水着でプールに入っている・・・

 梨沙のぎこちないながらも妙に大人びた挨拶に、観客達は一瞬静まった。そしてぱちぱちと徐々に拍手が沸き、いいぞ、梨沙ちゃん、さっすが生徒会長!、と応援の声も聞こえた。他のアイドルのきゃぴきゃぴした感じとは明らかに異なる、上品で知的な内面からにじみ出る品性と美しさが確実に皆の心を掴んでいた。

 拍手が止む頃になると、梨沙にもようやく現在の状況が分かってきた。新宿の遊園地の中のプールの一つを借り切って、野々村が主催する撮影会が行われているのだ。そして被写体は自分だけではなく、ここにいる3人の女の子も含めた合計4人・・・だけど、これから一体どうなるの・・・どうしたらいい、芳佳ちゃん?・・・

 「それでは、遅刻してきた梨沙ちゃんのために、もう一度今日のルールを説明しましょう。」
梨沙の内心を読み取ったかのように、司会役の男ーーー水原と名乗ったーーーがマイクに声を乗せた。
「えー、今日は、野々村先生主催の撮影会ではありますが、同時に、期待の新人アイドル4人のプール対決を開催します。1位になったら雑誌のトップでグラビア、ビリになったらちょっと恥ずかしい罰ゲームをしてもらいます。」
梨沙の顔が更に困惑するのを眺めながら水原は続けた。
「もちろん撮影は自由ですし、お客様には自分が応援するアイドルの手助けをしていただくこともありますので、奮ってご参加ください。」
その後、水原は2つの注意事項を確認した。−−−アイドルに触ったり脱がしたりしてはいけない、撮った写真は個人で楽しむだけで公開してはいけない−−−

 「はい、それじゃあルールも分かったところで、梨沙ちゃん、最初の自己PRをお願いします。」
水原はそう言うと、会場のプールに向けて拍手を促した。

 自分がプールの前に設置されたステージに立っていることをようやく認識した梨沙は、大勢の男達の視線が自分に集中するのを今度ははっきりと感じ、棒を呑んだように立ち尽くした。人数は百人位で、全校集会での演説に比べれば遙かに少なかったが、何をすれば良いのか、全く勝手が分からなかった。

 しばらくの奇妙な沈黙の後、助け舟を出すように野々村が一歩前に出て言った。
「えー、実はこの谷村梨沙ちゃん、皆さん今まで知らなかったと思うけど、先週、突然私に写真とビデオを送ってきて、デビューしたいとアピールしてくれました。」
え?と驚く梨沙の顔を見下ろし、野々村は笑顔で続けた。
「・・・それがとっても意外で面白いビデオだったので、それを、自己PR代わりに皆さんに見ていただきたいと思います・・・」
野々村が斜め後ろを手で指し示しながら言った。

 次の瞬間、プールの中の男達からは歓声が、ステージの上の3人のアイドルからは黄色い悲鳴が上がり、梨沙は言葉を失った。ステージ横に設置された大スクリーンには、梨沙の全身像が映し出されていた。そして、スクリーンの中の梨沙は、ブラとパンティだけの姿で、左腕にバスケットボールを抱えているだけだった。

 あ、い、いや、駄目、止めて・・・何が起こったかを悟った梨沙がそう悲鳴を上げかけたとき、すでにその動画の再生は始まっていた。スクリーンの中の美少女は、恥じらいに頬を真っ赤に染めながら、少し硬い笑顔で話し始めた。
『初めまして、K大附属高校、2年1組の、谷村、梨沙です。・・・生徒会長をしています。バスケ部では女子のエースをしています・・・身長は156センチ、す、スリーサイズは、 80、58、83、です・・・そ、それでは、得意のドリブルからのレイアップシュートを、ご覧ください・・・』
画面の中の梨沙は、頬を染めながら恥じらいがちにそう言うと、バスケットのボールをドリブルして、流れるような動きでジャンプをしてシュートを放った。そしてそのボールがリングの真ん中にシュパッと入ると、プールの男達からは大きな拍手が沸いた。

 しかし同時に、梨沙を見る男達の視線の色が明らかに変わっていた。登場した時には、K大附属の美少女生徒会長にふさわしい知性と清楚な雰囲気に圧倒されたが、何のことはない、男の前で平気に下着になって胸と尻を見せつけながらバスケができる女だったのか。なんだ、清楚っぽく見えるくせに実はエロ要員か・・・それなら自分達が応援している3人のアイドルの方がよっぽどましだ・・・失望、安堵、淫靡な期待といった空気が混ざり、会場は微妙な雰囲気になっていた。

 「どう、このビデオ、すごいでしょ。こんなに可愛いのに、まさかねえ。」
会場の空気を分かってか、野々村はわざと大仰に言った。
「実はね、今日のイベントは、智美ちゃんと彩香ちゃんと千里ちゃんの3人でやろうと思ってたんだけど、突然このビデオが送られてきて、是非デビューさせて欲しい、下着までなら何でもします、なんて手紙が入ってたから、・・・まあ、それじゃあということで、突然なんだけど、今日のイベントに参加してもらうことにしたんだよね。」
へえー、という男達の驚いた声が響き、3人のアイドル達の梨沙への視線が一層厳しくなった。

 ち、違う、私、そんな、応募なんて、していない・・・梨沙はそう思って首を小さく振ったが、どうしていいか分からなくなっていた。そこに映っているのが自分である以上、何を言っても説得力が無いに違いなかった。岩本くん・・・罠にはめたのね、ひどい・・・

 「それじゃあ梨沙ちゃんには、お得意のバスケットをここでも披露してもらいましょう。」
梨沙がぼうっとしていると、今度は司会の男の声が響いた。その手には、いつの間にかバスケットボールが抱えられていた。
「では梨沙ちゃん、準備をしてください。」

 「・・・え?」
全員の視線が自分に集中するのを感じながら、梨沙はまたもや言葉につまった。まさか、いや、まさか、そんな・・・


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