PART 48

 途方も無く長く感じた十数秒後、聡美は非常扉の前に辿り着いた。追っ手の女生徒たちは、まだ50メートル以上後方の筈だ。
(よ、よかった……)
 聡美は扉のノブに手を掛けた。

「あ、逃げる気よ、待ちなさーい!」
 遠くから女子生徒の甲高い声が聞こえてくる。

(待つ訳無いじゃない!)
 聡美はノブを掴んだ手をひねった。

(!……あれ?……)
 ノブはガチャガチャと鈍い軋み音を立てるだけで、回すことができなかった。よく見ると、下に鍵穴があり、そこでロックされているようだった。
「いや、そ、そんな……」
 捻る方向を変えても、思い切り力を入れても、ノブは空しくガチャガチャ鳴るだけだ。その間にも、複数人の足音が急激に近づいて来る。
(も、もうだめ……)
 もう逃げようの無くなった聡美は、ドアを向いたままその場でうずくまり、顔を覆った。
(お願い、来ないでぇ……)

 しかし、複数の足音は数秒のうちに聡美の近くに到着した。聡美は、周囲を4〜5人の生徒に囲まれる雰囲気を感じた。
(だめよ、絶対に顔は見せられないわ)
 せめてもの抵抗に、顔を抑える両手に力を込めた。

「ふう、やっと捕まえた。逃げようとしたわね、許さないわよ」
 女子のうちの一人が言った。
「ほら、こっちを向きなさいよ」
 そう言いながら、腰を屈め、下から顔を覗き込む。

「あ、あっれぇ〜」
 その女子は、思いがけないといった様子で、頓狂な声を上げた。
「あの、2年の白石先輩ですよね? こんなところで、何やってるんですかぁ?」
 顔を手で覆うだけでは、至近距離から見られてごまかせる筈も無かった。しかも、女子の皆も憧れていた、学校一の有名人となれば尚更だ。

「……」
 聡美は何も言わずに首を振った。否定すれば、その声でばれてしまう。
(どうしよう、どうやってこの場を抜け出せばいいの……由美ちゃんは何をしてるのよ……)
 他クラスの生徒に知られないように協力する筈だったのに、と恨みがましく思った。由美たちの助けが無ければ、続けて首を振ることで、女生徒たちに許しを請うしかなかった。

 しかし、聡美を取り囲んだ女子たちに、そのような仏心は微塵も無かった。
「ねぇせんぱぁい、どうしてスカートもパンティもはかないで屋上走ってたんですかぁ?」
「すっごーい、お尻もあそこも、丸出しじゃないですかぁ?」
「ひょっとして、やっぱり、あの噂、本当だったのかなぁ?」
「あー、実は白石先輩は露出狂って奴? 何か男子がすごいさわいでたけど」
「まさかと思ってたけど……ねえ(笑)」
 どこか弾んだ声で容赦ない言葉を浴びせているのは、どうやら1年生の女子グループのようだった。

 そのリーダー格、1年1組の江本泉が勝ち誇ったように笑みを浮かべながら言った。
「ほら先輩、往生際悪いですよ。もうばれてるんですから、早く顔を見せてくださいよ。そのまま頑張るんだったら、ここから校庭に向かって叫んでもいいんですよぉ。『白石聡美が下半身丸出しにショーしてるわよ』ってね。きっと、全校生徒が集まってくるでしょうね」

「ゆ、許して、そんなこと、しないで……」
 聡美は小さな声で許しを請いながら、止む無く両手を顔から離して振り向いた。するとそこには、1年1組の5人の女子が見えた。遠くからのんびり歩いてくる由美と高橋の姿も小さく見える。
「ち、違うのよ。これには訳が……」
 そこまで言って、聡美は沈黙した。一体この状況を何と説明すればいいのか……

 しかし、後輩の女子たちがそんな中途半端な言い逃れを信じる筈も無かった。
「何が違うんですかあ、みんなの憧れの白石せんぱぁい?」
「そんな格好で青空の下を走っておいて、今さら言い訳ですか?」
「あーーあ、私、白石先輩に憧れてたのになあ、幻滅だわ」
「何今さら手であそこ隠してるんですかあ、露出狂のくせに」
「私、白石先輩みたいになるように頑張ろう、って思ってたのに……頭はいいけど、清純どころか変態、だったんですねぇ」

「ち、ちがうの、信じて……」
 下級生の同性の蔑みは、聡美にとって何よりもこたえた。
「私、露出狂なんかじゃない……変態じゃない……」

「だからあ、違うって言うんなら、ちゃあんと、理由を説明してくださいよお、せーんぱいっ!」
 泉が苛立ったような口調で言った。
「好きでやってるんじゃないって言うんなら、誰かに命令されているんですかぁ? それなら、命令してる人の名前を言ってくださいよ」
 他の女子もうなずく。
「そうよ、そしたら信じてあげます。一緒に戦ってあげますよ!」
 下級生たちは、本気で心配しているようにも見えた。

「そ、それは……」
 聡美はその後の言葉が出ない。
(だ、だって……)
 2年1組のクラスメイト全員、なんて言える訳が無いじゃない……そんなことを言われて、ああそうですかと彼女たちがするとはとても思えなかった。仮に信じてもらえたとしても、一緒に戦ってもらったりしたら、それこそ全校生徒に恥辱の思い出を記録写真と共に晒すことになってしまう。
「ご、ごめんなさい、い、今は言えないの……信じて……」

「……ふう、お話にならないですね、先輩」
 泉は肩をすくめながら、呆れたように言った。他の4人も黙ってうなずく。
「もういいです。やっぱり先輩は露出狂なんですね。それなら、みんなに見てもらうといいんだわ」
 そう言うと、くるりと背を向けて、校庭側に歩いていく。
「先輩に憧れてる男子たち、喜ぶでしょね……それとも、幻滅するかしら……」

「ちょっと待って!」
 早歩きの泉の背に、慌てたような声が掛けられた。

 泉はその声に驚いて振り向いた。
「あれえ、町田先輩に、高橋先輩? いつからいるんですかあ?」 
 他の4人も同じように目を丸くした。

「やあねぇ、最初からいたじゃない」
 由美は笑いながら言った。
「あんたたちが出て来たと思ったら、いきなり走りだすんだもの。扉の陰にいたのに」

「ふうん、そうですかぁ」
 泉も他の1年生もまだ半分不審を拭えない様子だ。
「それじゃあ、先輩たちは何のためにここにいるんですかあ? ……もしかして、二人が白石先輩を脅してたんですか?」

「ちっ、違うよっ!」
 5人の1年生に疑惑の眼で見られ、高橋が慌てて手を振った。
「これはね、聡美ちゃんが自分から希望してやってるんだよ! な、聡美ちゃん?」

「え? あの……」
 さりげなく由美が構える携帯端末を見ると、聡美はとても否定することなどできなかった。そんなことをしたら、この場は逃れられても、その後にどんな仕打ちに遭うか分からない。
「そ、それは……」
 泉たちの表情が不満に曇るのを見ながら、聡美は必死に言葉を探した。軽蔑した視線が下半身に浴びせられるのを感じ、股間を強く抑えた。

「もう、しょうがないわねぇ」
 そこで助け舟を出したのは由美だった。
(お、お願い、由美ちゃん……)
 聡美は必死に由美を見つめ、視線で懇願した。由美は小さくうなずき返した。
「だからね、聡美ちゃんは露出狂だけど、こんなプレイが好きなのよ」

(え、何、何言ってるの……?)
 思いも掛けない由美の言葉に、聡美は呆気にとられた。

 由美は今度こそ意地悪な笑みを唇の端に浮かべた。
(ごめんね、聡美ちゃん。でも、これからが面白いのよ……)
「つまりね、無理やり命令されて仕方なく、ってシチュエーションで、恥ずかしいカッコになって、人に見られると感じちゃう、ってわけ」

「ひ、ひどいわ! そんなのウソよっ!」
 堪らず聡美が抗議した。クラスの中でなら皆、事情をわかっているのである程度諦めもつくが、何も知らない1年生の前で屈辱を味わわされるのは堪らなかった。

 間に挟まれた形の泉は、二人を交互に見ながら困惑した表情を浮かべた。
「あ、あのう、どっちが本当か分からないんですけど」

 由美は高橋に視線を送りながら言った。
「あはは、ごめんね、分かりにくいでしょう? だからね、聡美ちゃんの今の否定もプレイって訳」
 高橋からのOKサインを確認しながら、由美は続けた。
「じゃあ、証拠をお見せしまあす!」

 皆の注目を浴びながら、高橋はビデオカメラで動画の再生を始めた。その液晶画面の中では、セーラーの上だけを着て、下半身を丸出しにした美少女がにこやかに笑っていた。

「あ、だ、だめ……」
 聡美は小さな声でそう呟くと、がっくりうなだれた。
(な、なんて運が悪いの……)

『……私、S高校2年、白石聡美は、普段は澄ましてクラス委員をしていますが、本当は、人前で恥ずかしい姿をするのが大好きな、露出狂、です。今日は、あそこを丸出しで屋上を走り回ることができて、とっても嬉しいです。しっかり録画してくださいね……』
 画面の中の美少女、聡美は、笑顔でなめらかにそこまでしゃべると、くるりと回って尻を向け、ぷりぷりっと振り立てた。

「どう、これが脅迫されて言っているように見える? 普通の女の子が、こんなににっこりして、お尻までエッチに振ったりできるかしら?」
 衝撃の告白映像を見て絶句している女子たちに向かって、由美は笑った。
「みんな、どう? もしあなたたちだったら、いくら脅迫されたからって、こんな格好でビデオに向かって嬉しそうな顔、できる?」

 当然、1年生たちは首を激しく振った。クラス全員の見守る中、教卓の上でM字開脚姿を晒しながら快感の絶頂に達する、などという壮絶な体験を想像できる筈の無い少女たちには、それはあまりにも当たり前の反応だった。

 途端に、5人の視線がふっと冷たくなるのを聡美は感じた。
(ち、ちがうのよ……)
 聡美は5人の視線に耐えられず、黙ってうつむくばかりだ。

「……や、やっぱり、そうだったんですね」
「あーあ、憧れてたのが嫌になるわ。こんな人だったなんて」
「今だってさ、町田さんたちのせいにしようとしてたじゃない、最低よね」
「だっけどさあ、普通、ビデオの前でこんな格好、できる? お尻まで振ったりしちゃってさ」
「AVにでも出ればいいんですよ。きっと、うちの学校の男子はみんな買いますよ。でもそのとき、S高校の制服だけは絶対使わないでくださいよね」
 聡美を取り囲んだ5人の下級生は、次々に罵りの言葉を浴びせかけた。堕ちた偶像に、多感な時期の少女達は限りなく残酷だった。



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