PART 54

 聡美の顔が見る見る歪んでいった。
(い、泉ちゃん……そんなこと言わせておもしろい?、私、そんなにあなたたちに嫌われてたの……?)

 しかし、他の1年生たちにとっても、聡美はもはや、憧れの対象ではなく、弄んで楽しむおもちゃに過ぎなかった。
「どうしたんですかぁ、せんぱぁい、早くして下さいよぉ。私達も暇じゃないんですから」
「実は、ずっとそこで露出していたいんじゃない? だからさっきから大声で言わないのよ」
「ひえ〜、そんな変態みたいな格好でよく平気ですねぇ。下から見たら、恥ずかしいところが二つとも丸見えですよぉ」
「もういいですから、命令された台詞、早く言って下さいよ。なんなら、下に向かって上を見るように、私から言ってあげましょうか?」

「わ、分かりましたから、それだけはやめて下さい……」
 1年生たちが飽くまでも自分を徹底的に貶めるつもりであり、高橋と由美もそれを黙認するつもりだと悟った聡美に、もはや選択肢は無かった。
(く、くやしい……)
「白石聡美は、お、オ○ンチンが大好き! み、みんなのオ○ンチン、ここに、い、入れてぇ……」

「きゃはは、すっごいセリフ! でも、声が小さいですよ。それにもっと堂々と、腰をフリフリしながら言わなくちゃ。はい、もう一回!」
 泉は手を叩いて喜びながら、非情な命令を出した。

 きっちり制服を着た7人の男女に囲まれながら、一人素っ裸で屈辱的な台詞を強要される……しかも、いつ他の生徒達に気付かれるか分からない……聡美は、あまりの恥辱に頭がぼうっとしてくるのを感じた。
(……も、もういや、こんなの!)
「白石聡美は、オ○ンチンが大好き! みんなのオ○ンチン、ここに、入れてぇ……」
 聡美は、さっきよりもさらに大声を出し、さらに、唇を噛み締め、羞恥の尻振りを同時に行った。

「あーっ!」
 その時、下から一人の男子が叫ぶ声が聞こえた。
「何だぁ、あれ?」

(……!!)
 聡美はその声が聞こえた瞬間、「演台」から飛び降りた。
(み、見られた……ど、どうしよう!)
 とっさに屋上入り口に向かって走ろうとした聡美に、校庭のざわめきが一気に大きくなるのが聞こえた。

「なんだよ、松永。屋上に何が見えたんだよ?」
「だから、裸の女だよ。こっちに向けて、ケツ突き出してた」
「ほ、ほんとかよ? 可愛かったか?」
「ケツしか見えなかったから、分かんねーよ。でも、いいケツしてたな」
「じゃあどうして女だって分かるんだよ」
「だって白くて柔らかそうだったし……」
「分かった。いいから、早く屋上言ってみようぜ」
「キャー、変態? 私達も見に行こっか?」
 途端に、大勢が校舎に向かって走ってくるのがその地鳴りのような足音で分かった。こら、おまえらっ、という教師の怒号もあっさり無視された。

(……ど、どうしよう?)
 屋上の扉に向かって走っていた聡美は急ブレーキをかけた。もはや、そこから逃げるのは手遅れだ。男子が必死に走ってくれば、ここまで1分もかからない。そして、もう一つの出口である非常口には鍵がかかっている。
(……い、いやっ……)
 不特定多数の生徒達に囲まれて全裸姿を晒す悪夢が急速に現実化するのを感じ、聡美は脚が震えた。

 そのとき、遠くから声がかかった。
「聡美ちゃーん、こっちよ! 早く!」

 聡美が見ると、非常口のところで由美が手招きをしていた。
(……どうして? 鍵がかかってる筈じゃ……)
 しかし、今の聡美が頼れるのは皮肉にも彼女しかいなかった。聡美はとにかく、由美のところに全力で走っていった。

「……ど、どういうこと?」
 息を弾ませながら、聡美は由美に訊ねた。その時、聡美が脱いだセーラーを由美が持っているのに気付いた。
「そ、それ、頂戴、早く!」
 全裸でいるよりは、せめて上だけでも服を着たかった。

 しかし、由美はセーラーを渡そうとはせず、聡美から預かった鍵束を取り出しながら言った。
「何言ってるの、もう時間が無いわ。早く逃げなくちゃ。私達はここにいて、裸の女なんていなかったって言っておくから、聡美ちゃんはここから逃げて。それとも、すっぱだかの女はいないけど、下半身丸出しの聡美ちゃんならいます、って言うの?」
 そう言いながら、由美は非常口の鍵を探し当て、扉を開けた。
「はい、この鍵も持って行ってね。2階の非常口の鍵もあるから、すぐに戻れるわよね? じゃあ、無事に教室で会えることを祈ってるわ」
 由美は鍵を聡美に手渡すと、他の皆にうなずいて、屋上の入り口に向かって走りだした。

「え……」
 一人取り残された聡美は、全裸で立ち尽くした。
(ひ、ひどい、由美ちゃん……ここの鍵を持ってるなら、1年生が来たときにも渡してくれればよかったのに……それより、最初に教室から屋上に行く時に、2階の端から端まで何もはかない格好で走らなくても良かったじゃない……それに、どうしてセーラーを返してくれないのよ……?)
 しかし、今の聡美にとっては、由美の指示以上の選択肢は無かった。
(と、とにかく、早く教室に帰るのよ……)
 聡美は、新たな羞恥に震えながら、周囲を慎重に確認した後に、非常口の外に足を踏み出した。

 その一糸まとわぬ後ろ姿を眺めながら、7人の男女はにやにや笑っていた。
「ねえねえ、町田先輩、さっきの話、本当ですかあ? だとしたら、白石先輩、すっごい記録を作ることになりますねぇ」
「ほーんと、露出狂冥利に尽きるって言うのかしら」
「2階にたどり着いた時の先輩の顔、見てみたいわあ」
「いっそ、1年1組の男子を非常階段の下から上がらせましょうかあ?」
「あ、それいいかも。全員フェラしたら見逃してやる、とか」
 無邪気に残酷な1年女子たちは、美貌の先輩の苦境を想像して笑い合った。

「ちょっとお、あんたたち、無茶苦茶なこと言わないの」
 あっけらかんと凄いことを話す後輩たちに、由美は呆れたように笑いながら言った。
「大丈夫。聡美ちゃんは誰にも見つからないで教室に帰れるわ……多分ね。そんなことより、もう来るわよ。いいわね、打ち合わせどおりにするのよ、これからも聡美ちゃんに楽しませてもらいたかったらね」

 非日常的な事態に興奮した奇声とともに、大勢の靴音がすぐそこまでやってきているのがはっきりと分かった。

 ――――☆☆☆――――☆☆☆――――☆☆☆――――

(だ、誰もいないわよ、ね? たった階を3つ分だけ降りればいいのよ。ほんの30秒もかからないわ……)
 聡美は非常階段の下方を慎重に眺めた。幸い、あれだけ大勢の体育時間中の生徒のうち、非常階段で屋上に来ようという者は一人もいないようだった。

(じゃ、じゃあ、降りるわよ……)
 聡美はそう思いながら回りを恐る恐る眺めた。屋上と違い、非常階段は地上からの視線に対してガードが少ない。特に、体育館の出口からは、若干左だが、ほぼ正面に非常階段が見える。
(あ、あと何分あるのかしら……)
 屋上には既に校庭で体育をしていた男子がたどり着くので、今さら戻ることはできない。そして、授業が終わって体育館の扉が開いたら、聡美は一巻の終わりだった。恐らく、鐘が鳴るまでにあと2〜3分だろう。聡美は、一秒も早く2階の非常口の扉にたどり着く必要があった。

 タンタンタン……、全裸の美少女は軽快な音を鳴らして非常階段を降りていった。本当は、音を立てないようにそっと歩きたいところだが、時間的な余裕があまりに無かった。階段の踊り場を曲がる度に、ひょっとしたら誰かが待ち構えているかもしれない、という身も凍るような恐怖と戦いながら、聡美はようやく2階の扉まで来た。

(さ、早く開けるのよ。教室はすぐそこだわ)
 一抹の安堵感を覚えながら、聡美は鍵束を探った。
(ほんっとうに、どれも似たような形ねぇ……)
 聡美はやむなく、8個ある鍵のうち、屋上の入り口用と非常口用の二つ以外の6個を一つ一つ試すことにした。

 一つ、二つ、三つ、四つ、……空振りが続いた。いづれも差し込めるが回せなかったり、どこかで引っ掛かって差し込むこともできなかったりした。聡美の額に冷や汗が浮かぶ。
(じ、時間が……お、落ち着くのよ……まだ、大丈夫!)
 そして、深呼吸をすると、残り二つのうちの一つを差し込んだ……
「……ガッ、ガチッ……」
(あ、あと一つ……これだわ……)
 聡美は嫌な予感を頭から振り払いながら、最後の鍵を握った。
(……ど、どうしよう……もし……)
 聡美は頭を振り、最後の鍵を慎重に入れる。そしてそれは、すぅっと奥まで入った。
(や、やった、これだわ!)
 聡美は手に力を込め、ゆっくりと回した。しかし、その喜びの表情は一転して強張った。
「……ギィ……ギギッ」
 それは、全く回らなかった。聡美の力任せの捻りに抗議するかのように鈍い音を立てるだけだった。

「そ、そんな……」
 聡美は絶句した。また由美に騙されたのだ。たぶん、ただの勘違いだったと笑い飛ばすに違いないが、今までのことを考えれば、そこには計算し尽くされた悪意があるようにしか思えなかった。
(ひ、ひどい、……こんな格好でどうしろって言うのよ?)
 由美と美智代の小悪魔のような笑顔を思い浮かべながら、聡美は恨んだ。

(と、とにかく、階段を降りるしか無いわ……)
 それでも芯の強い聡美は、精一杯冷静に思考を巡らせた。1階の非常口に合う鍵ならあるかもしれないし、最悪校舎の裏側に逃げるという選択肢もある。
(大丈夫、大丈夫よ……)
 聡美は2階をすっぱり諦めると、気力を再度奮い立たせて階段を降り出した。少しでも希望があれば決してあきらめないその性格こそが、学年一の成績と、女子でありながら皆の信望を集め、クラス委員に推される人間性をもたらしていた。

 聡美は素早く1階まで駆け降りると、6個の鍵を片っ端から非常口にの扉に差し込んだ。すると、今度は運良く、一個目が、
「ガチャリ」
 という音とともに回り、あっさりと扉が開いた。

(や、やったわ!)
 聡美は自分の決断力と運の良さに内心でガッツポーズを作った。そして、顔だけ出して中を覗き、誰もいないことを確認しようとした。
(……!?)
 しかしそこには、数名の男子たちが何かを探すかのようにうろうろしていた。


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