PART 59

 周囲をそっとを見回すと、やはり誰も視界には入らなかった。聡美は半分期待を込めながら、恐る恐る胸元の電話に話しかけた。
「あの、2階の扉の鍵も開いてないの?」

 しかし、その淡い期待はあっさりと裏切られた。
『2階の鍵は見つからないのよねえ。』
 美智代はそう言った後、しばらく間を置いた。
『あ、1階も3階も誰か出て来た。・・・トイレみたいね。これじゃあ、聡美ちゃん、しばらくそこで我慢してもらうしかないわねぇ』

 「そ、そんな・・・」
 今日は何度この言葉を口にしただろう、と思いながら、聡美はまたも絶句した。しばらくそのまま、なんて気楽に言ってくれるが、こっちは全裸で両手を縛られた状態で、非常階段に立ち尽くしているのだ。

 『まあ、いいじゃない、聡美ちゃん? どう、素っ裸で校内を走り回るって気持ちいい? 露出を満喫して感じてる? あとでじっくり測ってあげるからね。』
 美智代は聡美の神経を逆撫でするような言葉を言ってから、急に口調を変えた。
『あら、大変。先生が下から非常階段を登ってくるわ。きっと、さっきの露出狂騒ぎがあったから巡回してるのね。・・・聡美ちゃん、急いで4階に逃げて! 4階なら鍵も開いてるし、廊下にも今誰もいないわ。』
 美智代が言い終わるよりも早く、トン、トン、トン、と、規則正しく非常階段を登る音が聞こえてきた。

 (い、いやあ!)
 その足音に、ついに見つかってしまう危機を嫌というほど身近に感じた聡美は、急ぎながらも、足音を立てないように階段を登り始めた。

 素早く4階まで来た聡美は、後ろ手でドアノブを掴みながら聞いた。
「ねえ、今は4階は大丈夫?」
 その間も、規則正しい足音は続いていた。おそらく、2階と3階の中間くらいだろう。

 『今なら大丈夫よ。だけど、4階には職員室と保健室があるから気を付けてね。非常階段を上がってくる先生も、一旦4階の職員室に戻りそうよ。思いっきりダッシュして!』

 聡美は美智代の指示どおり、4階の扉を開けると、振り向き様に一目散にダッシュした。やっと廊下に辿りつき、ぜえぜえと荒い呼吸のまま踊り場に身を潜めると、携帯から拍手が響いた。

『やったあ、すごいわ、聡美ちゃん! 今の記録、27秒だって。』
『ちっきしょー、いくら何でも、後ろ手で30秒切らねぇと思ったのに、負けたよ。』
 もしかしたら、自分は全裸であちこち走らされ、いいように弄ばれているのでは無いか・・・聡美の中で、小さな疑念が形成されつつあった。

 「あの、2階に降りてもいいかな?」
内心の疑念を敢えて振り払いながら、聡美は携帯端末にお伺いを立てた。
(悔しいけど、今はそんなことを気にしたって仕方ないのよ。とにかく早く教室に戻ることだけ考えるのよ。)

 『いいわよ。今なら大丈夫だから、早く戻っていらっしゃい』
 やっぱりさっきのは杞憂だったんだと、聡美は内心でほっとしていた。

 しかし、2階に降りたところで、聡美の期待はまたも裏切られた。
『4階の保健室から2組の古藤君が出て来たわ。走って来てるからダッシュしても無理よ』

 「・・・え? じゃあ、どうすればいいのよ!」
 もういい加減にして、という気持ちが思わず尖った声音に現れてしまった。
「ご、ごめんなさいっ! 教えてください、どうしたらいいんですか?」
 これ以上の恥辱のペナルティを受けないよう、必死に聡美は謝った。

『・・・まあ、いいわ。それにしても、聡美ちゃんも大変よねぇ。おっぱいもあそこも丸出しにされて、後ろ手に縛られてるんだもんね・・・』
 美智代はわざと無駄なことを言って聡美に気を持たせた。
(ふふ、すっぽんぽんで学校中を走り回る気分はどうかしら?)
『仕方無いわ。聡美ちゃん、そのまま1階に降りて。それで、校舎の前を通って』

 「ちょ、ちょっと!」
 淡々とした美智代の言葉に聡美は今度こそ怒りを覚えた。校舎の前を通るというのは、素っ裸で校庭を走れ、と言っているのとほとんど同じではないか。校舎脇のぎりぎりをかがんで走れば、窓から顔を出さない限り、校舎内で授業中の生徒から見えることはないだろう。しかし、校庭では一クラスが体育の授業をしているのだ。バスケットの試合中とは言え、一人でもこちらを見たらおしまいだ。
「そんなの無理よ。お願い、校舎の裏では駄目なの?」
 聡美は一呼吸置いて、できるだけ落ち着いた声で美智代に尋ねた。校舎の裏でも学校周辺の道路の通行人から見られる恐れはあったが、道路と校舎の間のフェンス沿いには木が沢山植えてあるため、心配は比較的小さいと思われた。それに、校舎裏は廊下からでないと見えないので、授業中の生徒に窓越しに見られる危険性も無い。

 しかし、首からぶら下げた携帯端末からは、無情な通告が響いた。
『さっき見たらね、そこは男子が6人くらいたむろしてるの。確か、今自習のクラスは、2年3組だから、そこの男子ね。いきなりすっぽんぽんの女子が走ってきたら、喜ぶでしょうね』

 「だ、だけど・・・」
 聡美は口ごもった。だからといって白昼の校庭を全裸で走ることなんて・・・

 『いやあねえ、前の体育の時だって素っ裸で走ったじゃない!(笑)』
 距離の違いはあえて無視して美智代は言った。前回はほんの10メートルだったが、今回は100メートル以上あるのだ。それに、バスケをしている連中から身を隠す茂みも、30メートルおきにしか無い。
『だーいじょうぶ。私達が見ていてあげるから。バスケの試合が、反対側のゴールの方で盛り上がっている時にダッシュすればいいのよ。いやならいいのよ、自分の判断だけで行動したいって言うならご自由にどうぞ』
 聡美が採り得ない選択肢であることを承知で、美智代は敢えて言った。

 やむなく非常階段を1階まで降りてきた聡美は、校庭の生徒達からの視界に極力入らないように校舎のへりに身を寄せた。しゃがみこむと、後ろに向けて全裸の股間を突き出すことになる。羞恥に頬を真っ赤にしながら、聡美は顔を半分出して校庭の様子を窺った。

 校庭には、校舎と垂直にバスケットコートが2面描かれており、現在は3組側、つまり聡美から見て遠い方のコートだけで試合が行われていた。対角線にあたるこちらの方を見ている生徒はまずいないだろう。しかし、生徒達のざわめきやときおりあがる大きな歓声が、聡美の気持ちを殺いでいた。
(や、やっぱり無理よ・・・こんな格好でみんなの前を走るなんて・・・できない)

 足がすくむ聡美に、クラスメイトたちは容赦が無かった。
『聡美ちゃん、何してるの。ちゃんと窓から見てるんだから、早く出てきなさいよ。』
『早く見てぇな、美少女クラス委員の白昼ストリーキング!』
『全裸で校内完全制覇、屋上から校庭までってか、すっごいねぇ、聡美ちゃん。』
『どうせなら、お尻振り振り、色っぽく頼むよ〜』
『それともさ、いっそのこと、そのままバスケに乱入しちゃうかぁ?』
『手は使えないけど、おっぱいでぶるんぶるんシュートよっ!』
 携帯端末から爆笑が響いた。

(ひ、ひどい! 私が校庭を走る姿をみんなで窓から見て笑い者にするつもり!? ゆ、許せない・・・)
 携帯端末から聞こえる能天気な笑い声に、聡美は屈辱に震えた。

 しかし、聡美をいたぶるクラスメイト達は、全く容赦というものを知らなかった。
『あ、聡美ちゃん、やばいよ! 校舎裏でたむろしてた連中がそろそろ引き上げるみたいで、そっちに向かってるぞ。』
『うわっ、ほんとだ。もうすぐそこの角まで来てるぞ。どうする聡美ちゃん。奴らにケツの穴見られちゃうぞ。』

 「そ、そんな!」
 真偽を確かめる術の無い聡美は、慌てて階段脇から飛び出した。
(お願い、誰もこっちを見ないで!)
 素っ裸で校庭に走り出る羞恥に、脚ががくがく震えるのを押さえながら、ダッシュする。10メートルほど先の一番近い茂みに屈んで身を隠した。

 誰からも声がかからないことを確認しながら、聡美は恐る恐る顔を上げた。
(・・・だ、大丈夫よね?)
 茂みの隙間から校庭の方を見ると、相変わらずバスケットのゲームが続いていた。校舎側を見上げても、窓から顔を出している生徒はいないようだった。聡美は思わず安堵の息を漏らした。

 その時、首にぶら下げた携帯端末から歓声が上がった。
『お、見えた見えた、聡美ちゃんのすっぽんぽん姿!』
『可愛いお尻を突き出しちゃって。』
『聞こえたらお尻をぷりぷり振って〜』

 (・・・!)
 聡美が慌てて振り向き、上を見上げると、2年1組の窓が全開され、生徒たちが鈴なりになっていた。男子も女子も、にやにや笑いながら聡美の窮状を見つめていた。

 「そ、そんなこと、できません!」
 聡美は携帯端末に向かってひそひそ声で言った。全裸で授業中の校庭にいるという非常時に、そんなことを命令するクラスメイトが憎らしかった。

『あら、困りますよ、白石さん』
 すかさず澄んだ声が答えた。
『これは飽くまで淫乱性のテストですから、命令には従ってください。従えないのなら、テストは中止として、会議にかけることとします。ガイドもしませんから、そこからは自分で教室に帰って来てください。』
 声の主はもちろん、薫だった。

 (か、薫ちゃん・・・)
 聡美は急いで鈴なりの生徒達の中から薫を見つけだし、訴えるようにじっと見つめた。しかし、薫は何の反応を示さなかった。
『仕方無いですね、カウントダウンを開始します。』
 薫の言葉を受け、さーん、にーい、と非情な合唱が始まった。

(・・・く、くやしい、こんなの・・・)
 聡美は屈辱感にまみれながら、クラスメイト達に向けてゆっくりと尻を振り出した。

『おっ、ほんとにやってるぞ、ケツ振りダンス』
『いつ見ても膨らみ方がエロいなあ、さとみちゃん!』
『しっかし、すごいクラス委員選んじゃったなあ、俺たち』
『ほーんと。だけど次の生徒会長は聡美で決まりって話もあるよなあ』
『そうなんだ。それじゃあ、立候補の演説は素っ裸でしてもらいましょうか?』
 あははは、と明るい笑い声が聡美の携帯にも聞こえた。


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