PART 66

 翌週の月曜日。有希は少し重い足取りで大学に向かっていた。東京の通勤電車やターミナル駅の雑踏は今までどおりだったが、田舎町で2週間を過ごした有希にとって、それは目眩をするような感覚をもたらしていた。

 F学園での最終日、朝礼で挨拶をしながら、恥ずかしい記憶と生徒達の視線に快感を刺激されて喘ぎながら話し、最後は朝礼台に四つん這いになって腰を振り立てて絶頂に達してしまった・・・校長先生は、私の体調が悪かったことにしてくれたが、そんなことを信じている人が何人いるだろう・・・
 朝礼の後は、指導教官の授業の見学や事後整理をいろいろと行い、最後には担当した中学1年3組に戻り、お別れの挨拶をして、花束をもらった筈だったが、有希はそのあたりの記憶がどうも曖昧だった。ただ、1年3組の生徒達全員に、「3週間、本当にありがとうございました。先生のことは一生忘れません。」と大きな声で挨拶されたことだけは鮮明に覚えていた。そして、何人かの生徒が、我慢できずに半笑いとなっていたことも・・・

 救いと言えば、学校と町内会とテレビNが校長を通じて、有希のプライバシーに関する情報について、絶対に外部に流出させない、と約束してくれたことだった。実際、東京に戻ってきてからの土曜日、日曜日と、有希は戦々兢々としていたが、知人・友人からF町でのことに関する電話やメールはなかった。仲良しの大学の友達からは、月曜の講義に出た後に、新しくできたスイーツの店に行こう、とメールが来ただけだった。

 通学途中にも変な視線を浴びたり、声を掛けられたりすることもなかった。あの、F町で晒してしまった数々の痴態は、思い出すだけでも身体が震えて、消えてしまいたいぐらいの出来事だったけど、ひょっとして、時間と共に消え去ってくれるのだろうか・・・有希は淡い期待を抱き始めていた。

 1時間目と2時間目の講義をいつもの仲良し4人組で受けた後、昼休みを学内のカフェで楽しく過ごしていた時、有希は隣のテーブルから視線をちらちら向けられているのを感じた。
「あ、どうしたの、みんな?」
そこにいたのは、大学のテニスサークルで仲のいい男子達3人だった。(まさか、あのことを・・・違うわよね)男子達の少し意味ありげな視線に、有希は心臓の鼓動が一気に早くなった。

 「あ、う、うん・・・あのさ、二階堂って、地元で教育実習してたよな?・・・」
男子の中の1人、有希と同学年でいつもは気さくに話す仲の永井が少し躊躇いながら言った。

 「え?・・・う、うん・・・」
有希は曖昧に頷いた。(やっぱり、あの時のこと・・・まさか、私の裸、みんな見てるの!?)有希は平静を装いながら、脚が小刻みに震えるのを押さえられなかった。

 ・・・そして男子達の話は、ある点で有希の想像を超え、また、ある点では若干の安堵をもたらすものだった。ポイントは以下のようなものだった。

・地元テレビ局で「可愛すぎる教育実習生」が放映されたあと、大手の匿名掲示板に「N県の教育実習生がホントに可愛すぎる!」というスレッドが立った。

・最初はそれほど注目されていなかったが、祭りでサンバに出た時の放送がアップされると、半分露出した生尻がプルプル震えるのがエロ過ぎ、と大きな評判を呼ぶ。

・その後、パンチラテニス、スクール水着、募金での下着露出、子供にパンティを下ろされたシーン、と続き、有希のネット上での人気がさらに拡大。スレッドタイトルも「エロ過ぎる教育実習生」に変更。

・最後の日の朝礼での挨拶は、テレビの放送では「感動の号泣挨拶」と紹介されていたが、匿名掲示板では「リモバイ入ってる?」と大きな話題になっている。

・テレビ放送の動画はアップされる度にすぐ削除されているため、ほとんど出回っていない。但し、そのキャプチャ画面はしばしば掲示板に貼り付けられていて、有希の半分露出した生尻や、スコートからのパンチラ、スクール水着姿、下着露出姿、腰に巻いたバスタオルの下で膝に下ろされたパンティを絡ませている姿、は掲示板を見ている者ならほとんどダウンロードしているだろう。

・また今は、それらの画像をもとに、有希のもっといやらしい画像を作るのが流行っている。露出した生尻やパンティだけをアップにしたり、清楚なリクルートスーツ姿と下着姿を並べて二画面構成にしたり、テニスウェアで微笑んでいる姿の上半身に、パンティ丸出しの下半身を合成したり、さらには、顔を歪めてマイクスタンドにしがみ付いている画像を加工し、目の前に立っている男性の肉棒にしがみ付いてうっとりしているように見せたり・・・
(ここで女子達からその画像を見せるように言われ、男子の1人がタブレットでその掲示板にアクセスし、その画像を見せた)

 男子と女子達は、ひどいなあ、こんなの作って、と言いながら、どこか楽しそうにその画像の一枚一枚を鑑賞した。そしてちらちら有希の表情を見て、可愛く恥ずかしがる姿を楽しんでいた。
 

 ・・・有希にとって不幸中の幸いと言えたのは、それらが飽くまでも、テレビで放送された映像だけをベースにしていることだった。最後の日の朝礼での挨拶も、前半部分だけが編集され、決定的なシーンは映っていなかった。

 しかしそれにしても、あんなに恥ずかしい画像が大量に出回り、スケベな加工までされていることを知らされ、有希はキャンパスでも嫌らしい視線を浴びせられていることを自覚させられることになった。

 その掲示板の存在は、あっという間にK大の全男子に広まり、それから徐々に女子にも広まっていった。一流大学であるため、表立ってからかう者はいなかったが、ふと気付くと、意味ありげな視線を向けられ、クスリと笑われていることがよくあった。あ、あの子、可愛いのに・・・というヒソヒソ声、クスクス笑いが辛かった。

 また、テニスサークルの練習を大学内のコートで行う時に、金網越しに鑑賞する観衆が以前よりも大幅に増えたことも大きな変化だった。有希はスコートではなく、パンツスタイルのウェアを着ていたが、その方がむしろ、有希の尻の膨らみが強調され、ショットの度にパンティラインが透けて、ギャラリーを喜ばせてしまっていた。

 数週間が経つと、有希の姿を盗み撮りして、画像合成の素材にする者までが現れ、ついには大学が公式に警告を発する事態となった。そこには、学内での許可のない撮影の禁止、学外であっても、本学の学生としてふさわしくない行動については、厳罰に処するとまで記されていた。その結果、盗撮はほぼなくなり、新たなネタがなくなった匿名掲示板は徐々に沈静化していった。

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 有希の生活が何とか平穏を取り戻した頃、新たな事態が発生した。ミスK大コンテストのエントリーが始まり、有希を推薦する声があがったのだ。
 それ自体は毎年のことであり、運営委員会からの要請にも、有希はきっぱりと固辞した。

 しかし、そこからの展開が去年までと全く異なった。匿名掲示板に「エロ可愛い過ぎる二階堂有希ちゃんをミスK大に!」というスレッドが立ったのだ。
 そこには、関連スレッドとして「エロ過ぎる教育実習生」のスレッドがリンクされ、さらにその経緯を記したまとめサイトへのリンクも貼られていた。また、P2P経由でのキャプチャ画像集やまとめ動画の入手方法までが記されていた。そして、「こんなに清楚で可愛くてエロい有希ちゃんをみんなの力でミスK大にしよう。」とスレッドの趣旨が記載されていた。

 そのスレッドは瞬く間に学内に広まり、運営委員会への推薦が数百件も寄せられる事態になった。そして、運営委員会は再度の要請を有希に依頼したが、やはり有希は固辞した。

 結局、ミスコンは有希のエントリーなしに実施されることになったが、運営委員会は新たに「その他」欄を投票用のホームページに設置することにした。また、その欄には自由記述欄があり、実質的にそれは、エントリーしていない有希への投票のための欄として利用された。

 そして、一次選考、二次選考とも、「その他」への投票が、1位の倍以上を獲得したことがホームページで公表された。しかも、自由記述欄には8割以上、二階堂有希と記されていたと付記されていた。それは一気にマスコミにも取り上げられる事態になった。

 まずは大手週刊誌各誌で、キャンパスでのスナップ写真と共に、面白おかしく取り上げられた。
『K大ミスコンで前代未聞の珍事! 未エントリーがNo.1!』
『確かにダントツで可愛い!圧倒的!』
『毎年出場拒否の無冠のクイーン、強制出場!』
『今年のミスK大のブランド価値半減!?』
ただ各誌とも、掲示板やサイトでの有希の痴態にはあまり触れず、一定の節度が感じられる内容だった。

 有希が少し憤ったのは、その週刊誌の中に、有希が内定しているS書房の週刊誌「週刊S」も含まれていたことだった。内定時にお世話になったK大OBの先輩に、半分抗議の意味を込めて相談したが、ニュースバリューがあるものについては、内輪だからって配慮できないものよ、と逆に諭されてしまった。

 しかし、その次の週、有希はさらに非情な現実に直面することになった。

 『スクープ!! 可愛い過ぎる教育実習生のエロ過ぎるデカケツ!!』
扇情的な言葉が、写真週刊誌「Supershot」の表紙に踊っていた。

 「Supershot」は、S書房から出ている下世話な写真週刊誌だった。有希の特集は袋綴じの中の特集で見開きになっており、右側のページには、有希がブラジル人ダンサーの肩に抱えられ、パレオをすっかり捲られて、Tバックだけの生白い尻がライトを浴びて光っている写真がページ一杯に映されていた。左側のページには、リクルートスーツ姿、テニスウェアで審判台に座っている姿、キャンパスのカフェで友人と談笑している姿、サンバスタイルになり、顔を赤らめて立ち尽くす姿、スクール水着姿・・・そして片隅には、証明写真らしきものが載っていた。

 そして、一番下の壇のコメントには、取材の結果、女神輿の代わりにひょんなことからサンバに出る羽目になったこと、思い切った踊りができなくてブラジル人ダンサーに抱えられ、お尻丸出しペンベンされているのがこの写真であること、が書かれていた。さらに、そのペンベンされた時のお尻の音が響き、「お尻タンバリン」と呼ばれて笑われたこと、この後、パレオも取られて踊らされたという噂や、最後は全裸サンバを踊ったという噂もあること・・・などが面白おかしく書かれていた。
 記事の最後には、その女子大生がなんとS書房に内定していることが書かれ、会社に提出した履歴書までが一部黒塗りで公開されていた。証明写真の真面目な表情が印象的だった。
『有希ちゃんは、入社したら園城寺幹雄先生の担当を希望している超真面目派。K大卒の幹部候補生だけど、偉くなってもSupershotを潰さないでね。』

 大学の教室でその記事を見せられた有希は、顔を真っ赤に染めて立ち上がって教室を出て、すぐにS書房に抗議の電話をしたが、採用担当者は表面的に謝るだけで何も対処しようとはしなかった。それどころか、募金の時の下着露出姿は載せないであげたと恩着せがましく言われ、さらに、写真週刊誌はネットとの競争で厳しい状況なんだから多少の暴走は仕方ない、君も入社するんなら分かってやってよ、と諭されてしまった。

 その週の「Supershot」は近年稀な販売数を記録し、大きな話題となった。それは一部のワイドショーや情報番組でも取り上げられた。結果的に有希は、Tバックのお尻丸出しで抱えられた姿を、全国に晒されることになってしまった。

 有希にはその直後、F学園の校長から直接、携帯電話に連絡があった。それは、お尻ペンベンシーンの写真が流出してしまったことへの詫びだった。町内会でも絶対にしないように回覧をもう一度回してるから大丈夫だよ、と何度も言いながら、遠回しに学校や町内会を訴えないように念を押したのだった。

 有希の「人気」はついに全国区となり、有希は街を歩いていても露骨な視線とヒソヒソ話に晒されることになったが、卒業のためには講義に出ないわけにはいかなかった。

 そしてミスコンの本番では、「その他」に投票して有希の名前を書いた票は、1位の10倍以上に達し、また週刊誌やワイドショーで大きく取り上げられることになった。

 また、インターネットで「ミスK大」と検索すると、本当のミスよりも有希の方が上位に表示されてしまうようになり、ネットで面白がられることになった。

 さらに、「二階堂有希」と検索欄に入力すると、関連ワードとして「ミスK大」だけでなく、「可愛い過ぎる教育実習生」「パンチラ」「スクール水着」「エロ尻」「お尻タンバリン」「全裸サンバ」・・・さらに卑猥な言葉などまでが自動的に表示されてしまったのだった。

 有希にとってせめてもの救いだったのは、K大側が最大限の配慮をしてくれたことだった。学内では誰も有希の画像を見ている者はなく、学内でその話題をすることも禁じられた。学外からの野次馬やマスコミの取材もシャットアウトされ、少しずつ、世間の喧騒は収まっていった。

 そして3月。有希は無事に卒業し、友達と一緒に卒業旅行に海外に行った。そこで友達にからかわれながらも慰められ、有希は4月からの社会人生活に希望を持つようになっていた。

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