PART 73

 有希が出社すると、すぐに課長の森尾に呼ばれ、個室に2人で入った。

 「いや、悪かったね、有希ちゃん。」
有希が用件を聞こうとする前に、いきなり森尾が謝った。その手には、今日発売の「Supershot」が握られていた。

 「え、あの、・・・何のこと、でしょうか・・・?」
有希は心臓が凍り付きそうに感じながら尋ねた。ま、まさか、私の裸の写真が載っているの!?

 「あ、ごめんごめん、君はまだ見てないんだな。」
森尾はそう言うと、その雑誌の真ん中のページを広げた。
「ほんとに、第2の奴らは、仕方ないな・・・」

 「失礼します・・・」
森尾の様子からすると、裸ではないはず・・・有希は恐る恐るその記事に目を落とした
「あっ、そんな・・・」

 『有希ちゃんゴメン、騙されて緊縛責めでうっとり!!』
一番右の見出しに大きくそう書かれ、左右のそれぞれ1枚ずつの写真が大写しになり、その余白的な部分に小さな写真を配置している構成だった。

 そしてその2枚のアップの写真は、あまりにも扇情的だった。

 右側の写真には、上のキャプションに「後ろ手乳房縛り・股縄縛り!」と書かれていた。それは、スーツ姿の有希が縄をかけられている写真だった。
 上半身には後ろ手縛りに縄をかけられ、縄が乳房の上下にそれぞれ二重に巻かれ、首からの縄が胸縄の真ん中にかけられて上下の胸縄を引き寄せ、挟まれた乳房がひり出される形になっていた。
 そして下半身は、タイトスカートがすっかり捲り上げられ、薄黒のストッキングに透ける白いパンティが露わになっていた。また、そこには股縄縛りが施され、真ん中の秘裂に麻縄が食い込んでいた。その縄の股間部分にある2つの瘤もはっきり写っていた。
 そして、有希の表情はどこか切なそうに、潤んだ瞳でこちらを見つめていた。

 左側の写真には、「後ろ手縛り・四つん這い尻吊り責め!」とキャプションが付けられていた。
 それは同じ濃紺のスーツ姿だったが、後ろ手縛りの上半身を前に倒して頬を床につき、股を大きく開いて両膝を立て、尻を後方に突き出すポーズを真後ろから撮ったものだった。やはりそこには股縄縛りが施されており、また、股間を通った縄の1つがまっすぐ天井に向けて伸び、有希の腰を吊り上げていた。そのため、開いた尻の溝に縄がパンティを巻き込んできつく食い込み、生尻が半分近く露出していた。また、破かれて露出した太ももの眩しい白色と、太ももの途中までを覆うストッキングの黒色の対比が扇情的だった。

 「・・・・・・」
有希はしばらく絶句した。雑誌を持つ手がカタカタと震えた。(嘘っ、そんな、どうして?、ひ、ひどい、誰が・・・は、恥ずかしい・・・)いろんな思いが一気に頭に溢れ、頭が混乱した。何よりも、載っている写真があまりにもいやらしかった。どうして、こんな下品な雑誌を出さなければならないのだ・・・

 「焦ってるんだよねえ、第2編集部は。」
有希の沈黙を、掲載された写真の破廉恥さへのショックと取ったのか、森尾は穏やかな口調で言った。
「ほら、雑誌って今、厳しいだろ? Supershotも業界4位で儲かってないから、いつ廃刊になるか気が気じゃないんだよ、あいつら。だから、過激なネタで少しでも部数稼ぎたいんだよな・・・」

 有希は課長の言葉を半分聞き流しながら、その記事を読んだ。
(ちょっと、何、これ、ひどい!)
そのポイントは以下のようなものだった。

・F・ネットセキュリティ社の取材をした有希に、実は同社が顧客のデータを流出させているというデマを聞かせ、若手女優Mの温泉盗撮動画をアイリス社に売ったらしいと伝えた。
・有希は素直に信じ、すぐにアイリスに取材に向かった。
・口裏を合わせていたアイリスは、Mの温泉盗撮動画をF社から購入したことを認めた。まさに今日、特別会員に販売しようとしていた。
・盗撮データの販売は違法だと指摘し、記事にすると言った有希に対し、アイリスは賭けを提案。有希が買ったら盗撮データを廃棄、有希が負けたら有希のヌードを代わりに販売する。
・勝負は着衣の上からの緊縛。30分以内にイかなければ有希の勝ち。
・その時に撮ったのが掲載の写真。有希は乳房縛り、股縄縛りをされ、さらにはストッキングを破かれて四つん這いに緊縛され、縄の瘤に下半身を責め立てられ、ヒイヒイ喘いだ。
・しかし何とか絶頂には達せず、勝負は有希の勝ち。
・有希のコメント:『緊縛なんて変態がすることだと思っていましたけど、きつく縛られると頭がぼうっとして、ちょっと気持ち良かったです(笑)』
<写真・文章:土肥正史>

 有希は課長の話が終わるのも待たず、その足で第2編集部に乗り込んだ。
 第2編集部は、S書房の自社ビルの前の道路の別のビルにあった。景気が良かった時代に業務を拡張する中で新たに設立した部であったため、すでに満杯だった自社ビルに入れなかったのだが、自分達だけ別ビルであることを、今でもどこかやっかんでいる雰囲気があるのも事実だった。

 有希は自社ビルを出て、早足で道路を渡ると、すぐに向かいのビルに入った。エレベーターで最上階のボタンを押し、到着を待つ。
 エレベーターが最上階に到着すると、扉が開くのももどかしく、有希は飛び出した。第2編集部は自分の社員証では自動で認証されないため、呼び鈴を連続して押した。

 「失礼しますっ!」
部屋の扉が開かれると、ずかずかと部屋の中を歩いていき、一番奥の島に向かった。
「須藤課長! この記事は何ですか!」
その剣幕に、部員全員が有希に注目した。
 
 「おお、朝から元気がいいねえ、新入社員!」
パソコンの画面から目を話さず、須藤は適当な返事をした。
「君の記事ならうまくレイアウトして、薄い内容をごまかしたと思うけど、何か不満か?」
須藤は手元にあったSupershotを開いて有希に向けた。
「ほら、君の可愛いスーツ姿、よく撮れてるだろ?」
少し緊張が走った部屋の空気がふっと和らいだ。

 『S書房のアイドル社員、有希ちゃんの初レポート!』
それが、有希の記事に付けられたタイトルだった。有希が原稿として書いた時の、「ネットへの情報漏洩防止技術、こんなに凄い!」というタイトルは完全に無視されていた。
 さらに、トップの写真は、ただの有希のスーツ姿の全身像だった。左側のページはF・ネットセキュリティでの取材風景だったが、ほとんどのカットに有希の顔や後ろ姿が写っていた。有希が屈んでパソコンをのぞき込んでいる姿を後ろから取った写真では、タイトスカート越しに膨らんだ尻の形が浮き出ていた。
 それはあたかも、アイドルの1日駅長のような扱いだった。

 「えっ、なっ、なんですか、これはっ!」
目の前に出されたページに驚愕し、有希は一瞬、何に怒っていたのか混乱した。
「こ、こんなのって、ひ、ひどいです!」

 「あれ、この記事に文句付けに来たんじゃないの?」
すっかり有希を弄んでいる須藤は、ようやくパソコン画面から目を離した。
「・・・ってことは、こっちに文句があるのかな?」
須藤は同じ雑誌をもう一冊取り出し、真ん中のページを開いて有希の前に置いた。
「いいじゃん、有希ちゃんの緊縛写真! パンティ丸出しで縄を食い込まされて、気持ち良かったんだろ?」

 美貌のエリート新入社員がからかわれる様子に、男性社員達が席を立ち、周囲に集まってきた。
「うわ、こうして並べて見るとまた最高だね。前のページでは真面目な顔してレポート記事。で、袋とじでは、そのスーツでおっぱいとアソコを縛られて透けたパンティ丸出し!(笑)」
「ああ、この構成、新宿の大手書店で大受けだったらしいぞ。あそこは有希ちゃんが研修の時挨拶に行ってたから、店長、興奮してたぞ(笑)」
「このエッチなお尻に縄が食い込んでるの、反則だねえ。サンバでお尻ペンペンの頃よりエロく成長してるんじゃない?(笑)」
「このさあ、このストッキングが破かれるシーンも欲しかったな?(笑)」
「あー、土居さん今日は出張だから、明日、他の写真見せてもらおうぜ。うんとエグい奴!(笑)」
「でも、Mちゃんの温泉動画の流出防ごうとしてこんな緊縛写真撮らせちゃうなんて、人がいいんだね、有希ちゃん」
「有希ちゃん、知ってる? 匿名掲示板の『可愛すぎる教育実習生』が復活して超盛り上がってるよ。お尻ペンペンより、四つん這いで瘤付きの縄食い込んでる緊縛の方がエロいって、大好評だよ。」
「いきなり増刷依頼がバンバン来てるし、有希ちゃん、身体張ってくれてありがとね。また、よろしくね。(笑)」

 「や、やめてっ、いい加減にしてくださいっ!」
有希は恥辱を必死に堪え、大声を出して皆を睨んだ。そして2つの雑誌をぱたんと閉じた。
「こ、こんなことして部数を増やそうなんて、恥ずかしくないんですかっ!」
有希の思わぬ反撃に、一瞬周囲が静まった。大人しそうな顔して、こんな気丈な面もあったのか。普通の女の子なら恥ずかしくていたたまれないだろうに・・・どう対応するつもりか、課長の須藤に視線が集まった。

 「おっと、ちょっと聞き捨てならない言葉だね、有希ちゃん。」
須藤はゆっくりと顔を上げ、有希の顔を見た。そして雑誌の一つを手に取り、有希の取材記事のページを開いた。

 「そもそも君が、こんなつまらない取材しかできないからいけないんだろう。仕方ないから、インパクトのあるタイトルに変えてあげたんだよ。写真だって、ネット流出防止ソフトとか、こんな冴えない男じゃなくて、可愛い美人記者さんの清楚なスーツ姿にした方がいいに決まってるだろ。君の高尚なお考えからすればくだらないかもしれないけど、読者あっての雑誌なんだよ。マーケティング以前の問題も分からないのかな、K大卒のエリートさんのくせに。」
いきなりまくし立てられて鼻白む有希を見ながら須藤は続けた。
「それに君、アイリスに取材に行ったこと、報告しなかったよね? なんでこんなおもしろいネタ、勝手にボツにしようとしたわけ? 下着姿で縛られてるのを見られるのが恥ずかしいから? 君、会社から給料もらって、会社のカメラマンを同行させて、会社の車使って、会社の信用で取材相手の時間をいただいて、それで取材してるんだよ、分かる? このエロいケツの緊縛写真は、君のプライベート写真じゃなくって、立派な会社の財産なんだよ。それを勝手に闇に葬ろうなんて・・・本当は懲戒もんだよ。」

 「・・・そ、そんな、・・・」
自分が絶対に正しいと疑っていなかっただけに、予想外の反撃に合い、有希の頭は真っ白になった。自信たっぷりの顔で畳みかける課長の様子に、ひょっとして自分が間違っているのかもしれない、と思ってしまった。どこかおかしいはず・・・だけど・・・
「・・・で、ですが、取材したのは私なんですから、事前に確認させていただいても、いいじゃないですか・・・」
有希は何とか言い返したが、そこに須藤の理屈への反論はなかった。それはある意味、敗北宣言とも言えた。

 周囲の社員達は、黙って有希の顔を見ながら、内心では少し同情していた。
(またこのタヌキ親父、若い子を煙に巻いちゃって・・・)
(まあ、これくらいの屁理屈にすぐ反論できないと、一人前の雑誌記者じゃないけどな・・・)
(俺たちも、よく変な言いがかりをふっかけられて、鍛えられたよな・・・)
(しっかし、新人にそこまでやるかねえ、可哀想に・・・(笑))
しかしもちろん、助け船を出そうとする者はいなかった。それどころか、何やら意味ありげに笑っては、雑誌の写真と有希を見比べるのだった。

 「あのねえ、自分の記事のゲラをチェックしなかったのは誰だっけ? 小林が代わりにやってくれたのに、感謝の一言も無いのかな?」
須藤はすっかり余裕の表情で、淡々と有希に言った。そしてふとニヤリと笑い、わなわなと震えている有希の姿を上から下まで見回した。
「それにしても君、いい度胸してるねえ・・・そのスーツ、これと全く同じなんじやない?(笑)」

 「あっ・・・!!」
有希ははっとして目を落とした。須藤の言う通り、今日はあの日と全く同じ濃紺のスーツ、同じ真っ白なブラウス、薄黒のストッキングだった。
「い、いやっ・・・そ、そんな目で見ないで」
男達が自分のスーツ姿を見ながら、嫌らしい想像をしているのは明らかだった。スカートを捲り、股間に縄をかけ、ストッキングを破き、四つん這いで尻を突き出させる・・・有希はくるりと踵を返し、逃げるように部屋を出て行った。

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