PART 1(プロローグ)
5月下旬のある晴れた日。W大学のテニスコートで練習を終えた一人の少女が水道の蛇口から水を呑もうとしていた。
ショートカットの髪に大きな瞳が少しボーイッシュで可愛らしい。また、ピンクと白のテニスウェアから伸びた手足の軽く小麦色に染まっているのが印象的だった。
少女が髪をかき上げながら水を飲もうとしたとき、男子の声が聞こえた。
「若杉、練習お疲れ様」
同じサークルの男子の声だった。お疲れ様なんて、好きでやってるのに変なの……若杉彩は不思議に思った。
「うん、今日は暑かったね」
無難な返事でやり過ごし、蛇口に口を近づけた。髪がつきそうで気になり、右手で軽く押さえた。
彩に声をかけた男子、滝沢浩は、まだ何か言いたそうに彩のそばに立っていた。
「あのさ、今度、どっかメシでも行かない?」
「え?」
水を飲もうと顔を傾けたまま、彩は視線だけを向けた。その目が驚いたように大きく見開かれている。
(あれ、やっぱり駄目かな?)
「あ、いや、深い意味はないんだけど……」
浩は彩の反応に若干戸惑い、断られても傷付かないようについ逃げを打ってしまった。
「あ、そうなんだ……」
そう言ってから水を蛇口から直接飲んだ彩は、軽く口を拭い、屈めていた腰を戻した。浩の方を向いて立ち、曖昧な笑みを浮かべた。
(どういうこと? ひょっとして、誘われているのかな?)
浩とはW大学の同学年だが学部は違う。サークルでは時々言葉を交わす友達といった間柄だった。
数秒間、二人の間に沈黙が訪れた。
(やばい、気まずい雰囲気だ……ええい、 ここは勝負だ!)
浩は目に力を入れると、彩の目を見据えた。
「実はさ、前から、若杉と一度どっかメシでも行きたいなーって思ってたんだけど。どうかな?」
彩は目を少し大きく見開き、一瞬沈黙した。それから小さく息を吸うと、浩の眼を見てにっこりと笑った。
「どうもありがとう! すっごく嬉しい……だけど今、テニスではサークル大会優勝目指してるし、水泳サークルも兼部してるし、法学部の勉強もあって、余裕がないんだよね……ごめんなさい」
早口で一気にそう言うと、小さく頭を下げた。
それは本当なのか、遠回しな断り文句なのか……浩は聞きたい衝動に駆られたがぐっとこらえた。確かめて、はっきり断られたら永久にチャンスがなくなる……
「あ、そうなんだ。忙しいんだね。それじゃあ、落ち着いたときにまた誘ってもいいかな?」
うんと言ってくれれば、次に期待を繋げられる……浩は必死に笑顔を作った。
ほんの一瞬、彩はきょとんとしたが、すぐにひまわりのように明るい笑顔を浮かべた
「うん、ありがとう!」
(滝沢くん、嫌いじゃないけど、付き合うのはちょっと考えられないかなあ……でも、先のことは分からないしね)
「それじゃあ、また」
浩は笑顔で頷いた。
(やっぱりこれって、振られたのかな……いや、今は都合悪いって言ってたから、きっといける、よな……)
小麦色の肌にうっすらと汗を掻き、顔が赤らんでいる彩の姿を見て、浩はまた惚れ直していた。
――――☆☆☆――――☆☆☆――――☆☆☆――――
練習終了後には、近くのカフェへサークルの皆で行くのが常だった。
浩はその道すがら、親しい友達にさっきの彩を誘った顛末を話した。
「……そりゃあお前、振られたんだろ?」
友人はあっさり言ったが、浩は諦めきれなかった。
カフェに入ると、彩は親しい女友達とテーブルに座り、浩はその近くの別のテーブルに座った。
女友達といきいき話し、笑ったりしてくるくる変わる彩の表情が気になり、浩はほとんど男友達との会話に加わっていなかった。
「……おい滝沢、露骨に話聞いてないよな」
肩を叩かれ、浩は我に返った。
「あ、ごめん……」
同じテーブルの3人の男子は皆、事情を知っていた。
「ああ若杉か。振られたんだろ? 諦めろよ」
「そりゃ可愛いけど、今は恋愛どころじゃないって言われたんだろ、無理無理」
「しつこくすると嫌われるぞ」
慰めの言葉を口にしながら、3人はどこか嬉しそうだった。
浩は口を尖らせた。
「いや、また誘ってもいいって言われたし」
「だからさ、それは遠回しの断りだろ」
「ひょっとして、いつなら誘っていい、とか聞いちゃった?(笑)」
「本当に好きだったら時間作るだろ。仲良しの友達ってことで我慢しとけ」
3人の顔に哀れみの色が浮かんできた。
「でもさ、『ありがとう、すっごく嬉しい』ってにっこり笑ったんだぜ」
さすがの浩も弱気になり、声のトーンが落ちた。
一瞬の沈黙の後、3人の男子がほぼ同時に口を開いた。
「……その言葉さ、俺も同じなんだけど」
「……それ、俺もそうなんだけど」
「……俺だって言われたぜ」
え、と皆、きょとんとして顔を見合わせた。
「え、お前らも振られたの? てか、いつの間に?」
浩は呆気にとられた。こいつら、ライバルだったのか……
「髪も服もちょっとダサいけど、顔は可愛いよな」
「それにいつも一生懸命で、表情がくるくる変わるのがおもしろいし」
「でも、怒ると怖いよなあ」
「ああ、練習だれると怒るよな」
「たかがサークルなのに、気合入りまくりだよな」
「新人の女子なんかは、若杉を尊敬するのと反発するのに分かれてるみたいだぞ」
「まあ男としては、可愛いからどうでもいいけどな(笑)」
「結構胸もありそうだしな」
4人の男子は、彩の姿を横目に眺めながらわっと盛り上がった。
その笑い声に、隣のテーブルの彩も気が付いた。いつの間にか、4人の男子たちが自分を見ているのだ。
「え、何? 私、なんか変?」
皆が笑っているのを見て彩は不安になった。同じテーブルの女子たちにも視線を向ける。
実はしっかり男子たちの話を聞いていた女子が彩に教えた。
「男子達、さっきから彩を見てヒソヒソ話してたよ」
「怒ると怖いって言ってたよね」
「練習厳しいとか」
「え、ひっどーい!」
彩は笑いながら男子たちに視線を向けた。
「私、怒ったりしないでしょ」
ぷっと頬を膨らませるのも可愛らしかった。
男子たちは慌てて取り繕った
「いや、そんなこと言ってないって」
「怖いくらい可愛いねって、な」
「そうそう」
「ちょっと、やめてよ……」
褒められ慣れていない彩は照れたように右手で顔を覆った。
「照れてるのも可愛いね」
「練習熱心でいいよね」
「そうだ、今度の合宿はどうするの?」
「水泳サークルと日程、被ってるんだよな」
彩の胸のことを話題にしていたことは知られずに済んだ……男子たちはほっとして話題を逸らそうとした。
「あー、そうなんだよねー」
すっかりリラックスした彩は、男子たちに身体の正面を向け、頭の後ろで両手を組んた。
「実は両方に参加するために、ちょっと調整をお願いしてるとこなんだ」
ぎょっとしたのは男子達だった。両手を頭の後ろで組むと、青いパーカーに包まれた胸を突き出すようなポーズになったのだ。
「そうそう、水泳と同じ場所で合宿するんだよね」
「水泳の合宿の最終日がテニス合宿の最初の日だし」
「へー、水泳とテニスの合宿連続なんて疲れそう」
無防備な恰好を続けてくれるよう、必死に無難な会話を続けた。大きく開いたパーカーの胸元からは、水着に隠れていただろう部分の白い肌が見えて刺激的だった。
「まあね。でもどっちも楽しいし」
うぶな彩は男子たちの下心に気付かず、にこにこして話を続けた。
「そっか。俺たちも頑張るよ」
(そんな無防備な恰好されると、胸に目が……見たいな、彩のおっぱい……)
(滝沢、若杉のおっぱい見過ぎ(笑))
(絶対想像してるよな、あの顔(笑))
――――☆☆☆――――☆☆☆――――☆☆☆――――
サークルのアフターはカフェで解散となった。彩は帰宅のために女友達と一緒に最寄り駅に向かった。滝沢たち男子も何気ない雰囲気でその後をついていく。
「あれ、滝沢はこれからバイトだろ?」
「こっちの駅だと遠回りだよな?」
「お前らもこっちじゃないだろ?」
駅までの途中には急な登りの階段があった。もちろん、男子たちは彩の後ろから階段を登っていく。
「この階段いいよな」
「滝沢、若杉のパンチラ期待してんだろ?(笑)」
「それはお前もだろ」
他愛もない会話を交わしながら、皆の視線は彩の腰に集中していた。
一方の彩は、友達との会話に夢中になっていた。
「あはは。それじゃあさ……」
もちろん、下から登ってくる男子たちがエッチな視線を向けていることには気づいていない。
彩が弾むように勢いよく階段を登る度に、空気を含んだスカートがふわっと浮き上がって男子たちを喜ばせた。
「おお、太もも丸見え(笑)」
「ムチムチ太もも、これはたまらん!」
「もう少しでパンツ見えそうだな」
「やっぱ白かな」
「いや、水色じゃないか?」
「風よ、吹けー(笑)」
ちょうど彩が階段を登り切ろうとした時、急に階段の下から強い風が吹き上がった。
「え? きゃああっ!」
スカートの前が捲り上がり、悲鳴を聞いた前方の男子が振り返った。彩の股間の部分に黄色い布が三角形のように見えた。
「おおっ」
「ちょっと見えた!」
「黄色だな」
風は波状攻撃のように連続して吹き、今度はスカートの後ろをばっと持ち上げた。
「ちょっと駄目っ! きゃあっ!」
彩は必死に手を後ろに伸ばしたが、間に合わなかった。 空気を含んだスカートがふわあっと大きく捲り上がってしまった。
それは、後ろから登っている4人の男子たちへの神様からのプレゼントのようだった。前に屈んで後ろに突き出した腰を覆っていたスカートが完全に捲れたのだ。むちっとした太ももが根本まで、さらに黄色のパンティに包まれたお尻が、4人の眼前に開陳された。
「おおおっ!」
「すっげえ」
「ちょっとこれは(笑)」
「うわ、もろ見え!」
4人の男子は、息をするのも忘れてその光景に見入った。
「ちょっと、いやあ!」
彩は手を後ろに回してスカートを押さえようとするが、階段の途中で強風に吹かれているので身体の向きを変えることもできない。
風は数秒間、びゅうびゅう吹き続けて止まらず、スカートを思い切り捲り続けた。
「もう、何なの、これ!」
スカートを押さえながら階段の下に目を向けた彩は、浩たち4人の男子と目が合った。
「ちょ、ちょっと、見ないで!」
彩の顔がかあっと赤くなり、恥ずかしそうな表情になった。
「見ないでって言われても、目の前に丸出しにされたらなあ(笑)」
「むしろ見せつけてる感じだよな」
「黄色の縞パン、可愛いね(笑)」
「結構大人っぽいじゃん」
「恥ずかしがる顔もいいね」
4人の男子は笑いながらからかった。いつも明るく気が強い彩の恥じらう反応がおもしろかった。
女子たちは男子の露骨な反応に軽蔑の表情を浮かべた。
「もう、男子、最低っ!」
「可哀想でしょ!」
「ほんと、ガキよねー」
「わざと彩の階段の下から登ってたんだよね」
「ま、彩ちゃんも無防備すぎだけど(笑)」
4人の男子たちは、女子達の蔑みの言葉も気にせず、瞬きも惜しんで彩の尻を見つめていた。眼前では、黄色の縞のパンティがお尻にぴったり貼りつき、淫靡なカーブを描いていた。パンティの周囲を彩るレースの一つ一つまでがよく見えた。
男子たちは女子に聞こえないようにヒソヒソ声を交わした。
「うわ、こりゃすげえ」
「エロいケツだな」
「ああ、たまらん」
(くそ、写真に撮りたかった……)
浩はそう思いながら、その光景を必死に脳裏に焼き付けた。それは他の3人も同じだった。
……その後の一週間、浩たちは彩と口をきいてもらえなかった。
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