PART 31(b)

鍋島に取り合わなかった麻衣子だったが、内心では彼の脅しの材料が気になって仕方がなかった。以前マンションに来た時にも、恥ずかしい写真を持っていたし……総務部も、なぜか鍋島に強く出ないし……やはり、鍋島の言うことを聞いた方が良かったのではないか……怖くて、ネットを見ることもあまりできなかった。
 結局、月曜、火曜の休みはまたも外出せずに悶々と過ごすことになった。

 水曜日。いつもどおりに出勤した麻衣子は、周囲からの、なんとなく意味ありげな視線に気づいた。ただ、どうも話しにくいような空気を感じたので理由を聞くこともできなかった。午後になり、少し空き時間ができた時、麻衣子は衣装担当の北原まどかを訪ねた。

 麻衣子の姿を見ると、まどかは笑顔で手を振って迎え、少し声を落とした。
「大丈夫、麻衣子ちゃん?」

「あの、何かあったんでしょうか? 実は私、月火休みで、ネットも見ていなくて……」
 まどかの心配そうな顔を見て、麻衣子の心臓がどきどきした。やっぱり、何かあったんだ……鍋島さんが、何かを……
「今日来てみたら、なんか皆の様子が変なんですが、理由が分からなくて」

「そっか。確かにちょっと言いづらいもんね」
 まどかは麻衣子が訪ねてきた理由を理解した。
「実は、ちょっと噂みたいなものが流れてるんだよね」

「え、噂って?」
 麻衣子の心臓の動悸が一層高まった。最悪の痴態が流出してしまったのではと思うと、生きた心地がしなかった。

「うん、あのね……麻衣子ちゃんが、ニュースにね……その、裸で、出演してるっていう、噂が流れてるみたいなの。私は信じてないんだけどね」
 まどかはそう言うと、携帯端末を取り出し、ネットを検索した。
「その、画像っていうのが出回ってるみたいで……これ、なんだけど」

 その画面を見た瞬間、麻衣子の表情が強張った。
「え……あっ! い、いやっ!……」 
 まどかが差し出した携帯端末の画面には、笑顔で朝のニュース番組に出演している、全裸の自分の姿が映っていた。それは、先週土曜日の朝のニュースでの自分の姿だった。仮想着衣システムで放映されていたので、必死に笑顔を作っていたが
足は小さく震えていた……どうしてこの写真が!?

 絶句する麻衣子を、まどかが気の毒そうな顔で眺めた。
「なんかね、土曜日の夜くらいから、ネットで広まったみたい。」

「……そ、そうなんですか」
 麻衣子はようやく言葉を絞り出すと、何とか笑みを浮かべた。まどかには、本当に全裸で放送していることを知られたくなかった。
「よくできてますね、この画像……」
 平静を装ったつもりだったが、声が少しかすれてしまった。若い女性が、自分の全裸画像がばらまかれたのだから、それも当然だった。
(ひどい! 一体誰が? 鍋島さん? それとも、「声」?)

 呆然としている麻衣子を見て、まどかは少し慌てた。
「ごめん、いきなり変な写真みせちゃって。でも、大丈夫。ネットだと、これはコラージュだって言ってる人ばっかりだから」

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 木曜日の事前会議で、麻衣子はまどかの慰めが一部事実、一部は適切でないことを知ることになった。

 ADの佐々木の説明のポイントは以下のとおりだった。
○掲示板での反応
・土曜日の夜9時ころ、大手匿名掲示板に、「超リアルなコラージュが自動で作れるソフトを作成中。試しに作った画像がこれ」とコメントがあり、麻衣子がニュースの放送中に全裸になっている画像が3枚掲載された。最初のニュースコーナーのバストアップ、天気コーナーでの正面全身像と斜めになりお尻が半分映っているもの、の3枚。
・掲示板では、その画像のあまりにリアルで、実は本物ではないかと疑念が示され、大議論になった。特に斜めの画像はこんなに自然にコラを作るなんて極めて難しいはずとの主張あり。
・本物派の根拠は、その画像があまりに自然であること、ここ三回の麻衣子の放送中の表情が少しぎこちないこと、これまでのエロハプニングも偶然にしてはできすぎ、実は麻衣子は露出癖があるに違いない、というものだった
・一方、コラージュ派の根拠は、いかに精巧なものでもコラージュで作れる、というのがほとんどだった。また、まさか麻衣子が裸で放送するなんてありえない、という主張も多かった。また、本当に麻衣子が裸で放送していた場合、放送映像は着衣だったことの説明がつかない、という根拠も有力とされた。
・作者を名乗る者は、何度かそれがコラージュであるとコメント。しかしその作成方法の詳細は明らかにしなかったため、さらに議論は迷走
・その間、麻衣子の全裸画像は詳細に検証され、今までの放送時に露わになった部分と全て一致することが確認された。
・作者「今までの放送映像、週刊実○の予想を元に画像を作った」
・議論が盛り上がる中、画像はあっという間に拡散

○週刊誌への掲載
・これらの経緯が、週刊実○に掲載され、広く知られることになる。しかも、麻衣子の全裸放送のコラージュ画像はカラーで大きく掲載し、実際の放送画面と並べられていた。乳首と恥毛の部分だけがぼかされているのがかえって卑猥だった。
・また、記者の突撃取材により、最近の三回の放送時には本当に全裸になったという証言を得たと記載
・画像処理の専門家に聞くと、非常に精巧なコラージュの可能性もあるが、実際に全裸になっていた可能性大とコメント。
・AV会社に照会したところ、乳首が立っているところと、顔がほのかに赤く染まっているのが見事に合っている。これほどマッチしていると、本当に全裸だったと考える方が自然との見解。また、あの乳房の形と乳首の色、腰回りのラインが本物の場合、AV出演時のギャラは史上最高になるだろう、とのこと。
・自称画像の作者の男にもメールで取材。あの画像は、自動的にコラージュするシステムで作ったもので、まだ開発途中。近いうちに、改良バージョンでの作品も公開予定、とのこと。
・結論は、画像自体は限りなく本物。ただし、作者と名乗る者はコラージュと断言しているため、現時点では真偽は不明。記事の最後は、作成中の改善バージョンの公開が注目されている、と扇情の言葉で締めくくられていた。

○その他
・検索サイトで「本澤麻衣子」と検索すると、「全裸放送」という言葉が補完される。
・同時に、全裸放送の画像とその時の放送映像の画像が並べられて合成された画像が出回る
・過去の羞恥放送の動画と今回の合成画像をまとめて照会するサイトや動画がたくさん作成される
・次回放送の土曜朝のニュースが、録画予約ランキングの一位になるという異例の事態が発生。視聴率は異例の20%超えとの予想も。


 佐々木の報告が終わると、会議室はしばらく重苦しい沈黙に包まれた。つまり、麻衣子の全裸放送画像が何者かによって流出し、拡散してしまったということだった。「作者」はコラージュと言っているが、放送映像の方が加工したもので、流出したものが真の姿であることは、会議室にいる皆が知っていた。若い女性として、全裸画像が全国に公開されてしまったのはどんな気持ちだろうと思うと、誰も麻衣子に声をかけられなかった。

「……うん、まあ、そんなところだな」
 沈黙を破ったのはやはりディレクターの有川だった。改めて事実を突きつけられてはうつむいている麻衣子に顔の方にを向けると、あえて淡々とした口調で続けた。
「幸い、コラージュだという意見がネットでも有力らしい。まさか、女子アナが素っ裸でニュースを放送するなんて思わないからな」
 有川がそう言った瞬間、場の空気が固まった。麻衣子は頬を真っ赤にしてうつむいた。

「だけど、どうして……」
 しばらく沈黙していた麻衣子は、有川を見てそう言いかけた。なぜ流出したのか、誰が流出させたのか、今後、動画まで流出する可能性はあるのか……しかし、答えを聞くのが怖かった。

「うん、情報の流出経路については、現在調査中なんだが……もちろん、ここにいる者は誰も関係していないことは間違いないと思っている」
 有川はそう言うと、ゆっくりと会議室を見回した。皆、黙ってうなずいた。
「では、『声』の主かということになるが、彼がそんなことをする動機も考えにくい……もしかして、他に思い当たることはないかな?」
 有川は麻衣子に視線を向けた。

「はい、あの……そう言えば……鍋島さんが……」
 麻衣子は少しためらったが、心を決めて話し始めた。馬術大会の取材の時に声をかけられたこと、携帯端末の画面を見せようと差し出したこと、何かを要求されそうだったが振り切って帰ってきたこと……しかし、自宅に来て、インターホン越しに恥ずかしい画像を見せたことは話せなかった。

「うん、それはちょっと怪しいな……」
 有川は両手を頭の後ろで組み、椅子に仰け反るようにして宙を見つめた。
「だけど、そいつが腹いせにネットに流したってのもなあ……わざわざコラだってことにして、騒ぎにするのが目的なのか? それであいつに何のメリットがあるんだ? まあ、 週刊実○の記事にはなるから、独占取材ってことでなあ……確かに、大反響があったわけだし……」

 結局、流出した者を絞り込むことはできず、継続調査することとなった。また、「声」の主についてもまだ特定できていないということで、次回の放送も再び、全裸で行うことになってしまった。

「まあ、ある意味良かったじゃないか。ネットの反響見ていると、『仮想着衣システム』が完璧だってことが分かったもんな、麻衣子ちゃん」
 有川はわざと明るい口調でそう言いながら立ち上がると出口の方へ歩き出し、出際に麻衣子の肩をぽんと叩いた。
「ちょっと恥ずかしいと思うけど、いつもどおり、にっこり笑顔で放送してくれれば大丈夫だから」

「は、はい……」
 いやらしい目で見られながら、全裸で放送しなくてはいけないということが、死ぬほど恥ずかしいことが分かっているのか……麻衣子はそう思ったが、言っても仕方のないことも分かっていた。有川の言うとおり、仮想着衣システムを信じて、服を着ているかのように自然に振る舞うしかないのだ……本当は、テレビカメラの前で乳房も秘部も丸出しにしたままで……


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