PART 88(bbbbx)
大部屋の控え室に駆け戻ってきた梨沙に対し、モデル達は妙に優しかった。
「お疲れ様。盛り上がっちゃって、大変だったね。」
「その縄、すずちゃんだから可愛いよ!」
「すごい演技力だよね、羨ましい!」
「喉、乾いたんじゃない? はい、飲んで。」
「大トリすごく好評だったね。今回の1位は、悔しいけどすずちゃんかな。」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
透けた下着の時はあんなにひどい言われ方をしたのに、どうしてこんなに優しいのか・・・梨沙は不審に感じたが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。縄で緊縛されただけの裸を必死に両手で庇いながら、梨沙は個室へと入っていった。
・・・梨沙のほぼ全裸の後ろ姿を眺めながら、モデル達は笑みを交わした。
「あはは、本当にお尻丸出し!」
「今さら手で隠しちゃって、どこまでぶりっこするつもりなの?(笑)」
「まあ、盛り上がったから許してあげようか、ストリッパー役さんは。」
実は、梨沙がショーをしている間、モデル達は運営スタッフから裏事情を明かされていた。
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・今回のファッションショーは従来どおりに開催されるが、余興として、大石すずを参加させたこと
・すずの衣装は全てアイリスが用意しているので、デザイナーのものではない
・観客とカメラマン達はその事情を知っていたが、わざと拍手で盛り上げ、すずに恥ずかしい露出ショーを続けさせていた
・すずのマネージャー役のくるみも、もちろん仕掛け人。すずをなだめすかし、恥辱ショーを演じさせ、緊縛する役割だった
・モデル達には真剣に演じてもらうため、また、すずを騙すため、本当のことは教えなかった
・当然、すずはこのファッションショーの参加者にはカウントされない。ネットや雑誌のあらゆる記事にも、すずのショーは登場せず、なかったことにすることを、観客達は皆、了解している
・ただし、後でアイリス映像が、露出調教ものとして映像データを使うことになる予定。その場合、もちろんモデル達が一緒に映っているシーンは全てNG
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・・・その説明に、最初は口を尖らす者もいたが、おかげでアイリスグループが多額の資金を提供してくれたこと、その資金で去年の倍の記事を掲載させる予定だと聞くと納得し、皆ですずの亀甲縛りショーをモニターで楽しんでいたのだった。
個室に戻ってきた梨沙を、くるみはまず、ぎゅっと抱きしめてねぎらった。
「すずちゃん、すごく良かったよ。大丈夫、ショーにふさわしくない部分は記事にならないように調整するから。」
くるみは梨沙の頭を軽く撫でながらそう言うと、ちらっと時計を見た。そろそろね・・・
「すずちゃん、ちょっとここで待っててね。衣装、まとめて保管してたから、持ってくるね・・・」
くるみはそう言うと、個室から出ていった。
1分、2分・・・梨沙は個室の中で待っていたが、くるみが戻ってくる気配はなかった。梨沙は不安を覚えたが、全裸に縄を巻き付けただけの姿で再び外に出る気にはなれなかった。
しばらくすると、個室の外からわっという喝采と拍手の音が聞こえた。
それは、大喝采でファッションショーが終了したことを想像させるものだった。
そ、そんな・・・最後にはモデル全員で会場に出て挨拶をする段取りだったはずなのに・・・喝采が徐々に収まるのを聞きながら、梨沙は呆然とした。一体、どうなっているの?・・・
外から聞こえてくる音は段々小さくなり、やがて聞こえなくなった。
(みんな、どこに行ったの・・・くるみさん、早く・・・)
梨沙はついに、個室から出て、大部屋の控え室の中の様子を見ることにした。亀甲縛りでくびり出された乳房を左腕で、縄が縦に食い込んだだけの股間を右手で庇い、周囲の様子を気にしながら、慎重に進んで行った。
しかししばらくすると、その努力は不要であることが分かった。大部屋の中は空っぽだったのだ。え、そんな・・・誰もいなければ、着替えの服も、下着も、タオルも、何もない・・・
突然、コンコン、とドアがノックされ、梨沙は慌ててドアに駆け寄り、ノブをしっかり掴んだ。
ガチャガチャ、とノブが捻られるの押さえ、梨沙は声を掛けた。
「す、すみません、まだ中にいるんですけど。」
「え、まだいるんですか?」
ノブが回されるのが止まり、若そうな男の声が聞こえてきた。
「あのお、次の準備があるので、早く空けてもらえますかあ?」
「わ、分かりました。すみません、もう少しだけ待っていただけませんか?」
梨沙は女性スタッフを装い、必死に言った。今の自分はほとんど素っ裸なのだ。絶対に、ドアを開けさせる訳には行かなかった。
「えー、もうすぐ他のスタッフも来るんで、早く準備したいんですけどお。」
ドアの外の男性の声は明らかに不満そうだった。
「仕方ないなあ、五分だけ待ちますから、お願いしますよ!」
男はそう言うと、扉のノブから手を離し、一旦立ち去った。
どうしよう・・・取りあえず危機を逃れた梨沙だったが、どうしていいか分からず、しばらく呆然としていた。
ぼうっとしながらしばらく考えたが、何らかの事情で自分が置き去りにされたことは間違いなさそうだった。そして、着替えも携帯端末も、荷物の一切を持って行かれてしまったことも・・・
とにかく、ここを出るしかない・・・でも、どこへ?・・・早くしないと、時間がない・・・
しはらく悩んだ末、一つの案が浮かんだ。女子トイレに入ってしまえば、とりあえず大丈夫・・・確か、個室から出て、右に30メートルほど行けば、あったはず・・・でも、その後どうしたらよいのか・・・くるみさんなら、トイレに逃げていると察してくれるだろうか・・・
もうすぐ、約束の五分になってしまう・・・梨沙は、トイレに隠れて助けを待つしかないと覚悟を決めた。そっと控え室のドアを開け、まずは顔だけを出して、通路に人の気配がないか確認した。大丈夫、誰もいない、今のうちに・・・
梨沙は思い切って廊下に出ると、右側に向けて一気に走り出した。トイレは、突き当たりを右に曲がってすぐにあるはず・・・
『故障中。他の階のトイレをご利用ください。』
トイレの扉に貼ってあった一枚の貼り紙が、梨沙を絶望のどん底に突き落とした。
どうしよう・・・しかし、今さら控え室に戻ることのできない梨沙にとって、選択肢はなかった。全裸に亀甲縛りの姿のまま、下の階のトイレに行くしかない・・・階段は・・・このまま真っ直ぐの突き当たりに、非常口の表示が見える・・・
突然、女性達の声が遠くから聞こえてきた。どうやらエレベーターが到着して、次に使用するスタッフが来たらしかった。トイレはあっちだっけ?、という声が聞こえると、梨沙は一目散に非常口に向かって走り始めた。扉の前に来ると、梨沙は小さく息を吸ってそのノブを掴み、扉を前に押して開いた。
「う、嘘・・・」
目の前には、青空と、下の道路を埋める群衆、少し離れた隣のビルが見えた。その非常階段は、外付けだったのだ。
しかし、建物の中に戻る訳には行かない。今の梨沙にできるのは、一刻でも早く階段を下りて、1階下の非常口から建物の中に入ることだけだった。
ひ、ひぃぃ・・・梨沙は小さな悲鳴を上げながら、階段を下り始めた。斜め下には、あの駅前のスクランブル交差点も見える・・・誰かがふとこちらを見上げたら・・・少し距離はあるけど、赤い縄が目立ってしまうにちがいない・・・隣のビルの人が見たら・・・一歩一歩階段を下りるごとに、梨沙は心臓がどきどきして、今にも止まってしまいそうな気がしていた。
一階下まで下りるのは、実は十秒もかかっていなかったが、梨沙には永遠にも感じられた。ようやく一階下の非常口にたどりついた梨沙は、そっとその扉を開いた・・・
ざわざわざわ・・・少し扉を開いた瞬間、大勢の人のざわめきが聞こえてきて、梨沙は慌てて扉を閉じた。そ、そんな・・・しかしその時、上の階の非常扉が開く音がした。恐らく、さっきトイレに行こうとした女性が、あの貼り紙を見て、こっちに来ようとしているのだ・・・
梨沙は仕方なく、さらに下の階に下りることにした。さっきよりも地面が近くなっていて、歩行者との距離が縮まっているのが辛かった。この距離では、顔まで分かってしまう・・・梨沙は乳房と股間を両腕で隠しながら、慎重に階段を下り始めた。
一段、また一段・・・お願い、誰も見ないで・・・梨沙はあまりの緊張に、息をするのも困難になっていた。
「きゃああっっ、何あれぇ!」
非情にも、下の道路から女子高生の悲鳴が響くのが聞こえた。
嘘、私じゃないよね・・・梨沙は思わず、その場に固まった。下手に動いて視線を集めない方がいいように思ったのだ。お願い、私じゃないでしょ・・・
しかし、現実は非情だった。
「やだ、嘘、裸?」
「何、あれ、縄で縛ってるの?」
「うわ、あれって、亀甲縛りじゃん!(笑)」
「え、どこどこ?」
「ほら、あそこ、あの階段・・・ほら、縄で縛られた女が、ケツ突き出してるだろ?」
「あはは、何あれえ・・・写真撮っちゃおうっと!(笑)」
「ズームしたら、お、ケツの穴が見えそう!(笑)」
「あの女、何で止まってケツ突き出してるんだ?」
「きっと露出狂なんだろ? よく見てやろうぜ(笑)」
「ひょっとして、AVの撮影かなあ。エロいケツ!」
「ちょっとお姉さん、ケツだけじゃなくて、おっぱいも見せてよ!」
「おお、こっちから見るとすっげえぞ、アソコに縄食い込んでるのが見える!(笑)」
ヤジの声がさらに歩行者の注意を引き、あっという間に数百人の視線が梨沙の緊縛姿に集中した。また、携帯端末を次々に取り出すのが見えた。
い、いやあ、こんなの!・・・梨沙は慌てて残りの階段を下り、非常口の扉を開けた。