PART 1

 二階堂有希は、私立の名門K大学文学部の4年生の21歳だ。
 その顔立ちは今一番人気の清純派女優にそっくりと言われ、1年生の時から毎年ミスコンに参加するように周囲から促されていたが、その度に、私なんか無理よ、と控え目に笑いながら断っていた。

 しかし、隠しようのないその美貌と、いつも明るい笑顔に性格の良さが現れている有希は、そこにいるだけで周囲の人間が幸せを感じてしまうような存在だった。身長は162センチ、スリーサイズは82・59・89とスタイルも魅惑的であり、街を歩けば周囲の男性が思わず振り返ってしまうほどだった。そして気取ったところはなく、分け隔てせずに皆に屈託なく話しかけ、大きな目を開いてにこにこ笑いながら相手の話を興味深そうに聞いてくれるのだ。
 同級生の男子達は、眩しい笑顔で自分に話しかけてくれる有希に、罪悪感を感じながらも、その可憐なピンクの唇や、胸の優しい膨らみ、ふっくらとした腰回り、白くすべすべした脚を盗み見ては嫌らしい妄想をしてしまうのだった。

 普通ならこんなにも美貌でスタイルも良く、成績も優秀で運動神経も良く、さらに性格もよく、男子達の人気を圧倒的に独占しているとあれば、嫉妬と羨望に駆られて意地悪になる女子もいるものだが、有希の場合にはそういう存在が全くなかった。
 女子達との付き合いを優先し、男子に誘われると優しく、しかしきちんと断って気を持たせないところが好感を持たれていたのだ。

 そして、男との付き合いだけが苦手な有希を皆で心配し、高校時代には、「有希ちゃんに彼氏を作る会」が発足してしまったくらいだった。
 その会の活動は高校3年生の時にようやく一つの成果を達成し、有希は同じクラスの優等生、三沢豊と付き合うことになった。しかし、閉鎖的なM原市の田舎町では、町一番の美少女のデート姿は瞬く間に話題となり、どこに行っても好奇の視線に晒されることになった。三沢には仄かな好意を持っていた有希だったが、受験もあってだんだん連絡が少なくなり、さらに三沢が地元の国立大、自分が東京のK大に進学すると、自然消滅してしまったのだった。

 大学でももちろん人気者になった有希だったが、やはり男性とは深い付き合いになることはなく、好きな英文学の勉強とサークル活動、友達付き合いを楽しんでいた。
 高校時代はテニス部に打ち込み、県大会ベスト8に入る活躍をしていたが、大学時代は体育会ではなくテニスサークルに入った。そして、昨年の大学内の大会ではベスト4に入ることができた。

 就職活動はコネも無い女子ということで苦戦したが、それでも老舗の大手出版社、S書房の内定を得ることができた。S書房は売上高こそ業界5位だったが文芸作品に強く、有希が憧れていた小説家の園城寺幹雄が多数の作品を発表していた。希望すればその担当になれるかもしれない、と就職活動の時に言われ、入社を決意したのだった。

 そして今、有希は久々に地元に戻り、母校のF学園中学で教育実習に臨むことになっていた。

---------------------☆☆☆--------------------------☆☆☆-----------------------------☆☆☆---------------------

 有希の出身は、ある地方のN県の中の第2位のM市だ。有希の住む町は市の中でまた2番手の位置付けにあるF町であり、その中央にあるF学園高校が有希の母校だった。

 F学園高校は県下有数の進学校ではあるが、県で1番ではなかった。隣駅にあって近いということが理由でF学園中学に入り、そのまま附属のF学園高校に進学した有希は、いつもトップに近い成績を取っていた。担任からはT大受験も薦められたが、尊敬する教授がいるという理由でK大文学部を選んだのだった。

 有希がF学園中学での教育実習を希望する旨を伝えると、高校生当時の有希を知る教師達は皆が揃って歓迎した。学園のアイドル的存在だった有希の優秀さと明るさは、卒業して4年経ってもまだ教員達の間で語り草となっていた。また、高校2年生以上のF学園の生徒達は有希の在学時代を知っており、教育実習の噂に一体どのクラスを担当するのかと色めきだった。そして、有希の担当することが発表された中学3年1組の生徒達は、他の生徒達から羨望の眼差しを浴びることになった。

 教育実習の最初の日に、有希が朝礼台に上がって挨拶をすると、生徒達はその濃紺のリクルートスーツ姿の輝かんばかりの美しさと可憐さ、ほのかな色気に圧倒され、しばらく校庭は水を打ったように静かになった。そして次の瞬間、おおおっ、という地鳴りのようなどよめきと歓声、拍手が沸き起こった。その素直な反応に、教師達も苦笑いしながら一緒に拍手をしたのだった。

 教育実習の期間は3週間だ。普通の教育実習生であれば、最初の1週間は授業に慣れるのが精一杯でなかなか生徒達となじむところまでは行けないものだが、有希は初日から生徒達の心を掴み、英語の授業をそつなくこなしていた。一つだけ失敗したのは、最初の自己紹介の時だった。
「ファーストキスはいつですか?」
と図々しい男子に聞かれた時、顔を赤らめてまだ経験が無いことをつい告白してしまったのだ。その瞬間、教室がどよめき、男子達はガッツポーズを作り、女子達は、かわいい、先生、と囃し立てた。この一件のお陰で、生徒達との距離がぐっと縮まったことは怪我の功名とも言えた。

 そして、有希のキス未経験は、あっという間に学園中に広まり、午後にはF学園の全生徒の知るところとなってしまった。またそれは、教員達全員にも伝わってしまい、その日の夜の歓迎会では、格好のネタにされてしまった。


 学生と違う立場になって有希が初めて発見したことの一つは、教員達の酒癖が極めて悪いということだった。大声を出したり暴れたりということは全くなかったが、女性に対する遠慮が驚くほどになくなってしまうのだ。それは、実習初日の夜から痛感させられることになった。

 「だけどさ、有希ちゃん、三沢と付き合ってただろ? てっきりあいつとキスしたかと思ってたよ。ああ、良かった(笑)」
初日の歓迎会が佳境に入った頃、口火を切ったのは、卒業時のクラス、高校3年1組の担任だった田中だった。
「それにさ、4年ぶりに見たら、有希ちゃん、女っぽくなっちゃって・・・ほら、その腰回りと太股・・・てっきり大学で彼氏ができて・・・」

 「・・・い、いや・・・何言ってるんですか、先生・・・」
隣に座っている高校時代の恩師のいやらしい目つきに、有希は顔を真っ赤にした。爽やかな風貌で女子にも人気のあった田中先生が、そんな目で私を見ていたなんて・・・
「も、もう、冗談はやめてください・・・」

 「いやいや、でも本当、良かったよ。F学園の伝説のアイドルの処女がまだ守られてて。」
今度は反対側に座っている、英語教師の杉原がさらに露骨に言った。杉原は有希の教育実習の指導教官だ。
「まさかキスはまだだけど、アソコはもう咥えちゃった、てことはないよね?」

 ちょっと、いい加減にしてください・・・と言いかけた有希の声は、がははは、という男性教師達の野太い笑い声にかき消されてしまった。その時、後ろから若い女性に肩を軽く撫でられ、耳元で囁く声が聞こえた。
「・・・二階堂さん、ごめんね。先生達、悪気はないんだけどいっつもこんな感じなの。ほんと、田舎のおやじって感じでいやになっちゃう・・・まあ、笑ってとは言わないけど、3週間だけ、聞き流してあげて。」
それは音楽担当で20代半ばの美人で独身の、西村香澄の声だった。

 「ねえ、有希ちゃん、スリーサイズ教えてよ。おっぱいは、85くらいあるのかな? 高校時代は80くらいだったよね?」
有希がためらいがちに頷いた時、今度は体育教師の権堂の声が響き、一同がわっと笑った。

「いやいや、当時でも83はあったぞ。」
「それより、水着の時のケツ、たまらなかったな。ぷりんぷりんだったもんな、有希ちゃんのお尻!」
「権堂先生はいいよな、水着も見放題だったもんな。」
「そうそう、体育の時も、なぜかマット運動が多くって、開脚前転、開脚後転ばっかさせてたって話だぞ(笑)」
「それにしても女らしくなったねえ・・・お尻なんかふっくらしちゃって・・・ひょっとして、90センチある?」
「あ、二階堂、飲み会の席ではむっとした顔しちゃ駄目だぞ。お前も来年から社会人なんだろ、これも練習だと思って頑張れ!」
「少しくらいエッチなこと言われても、笑ってかわせなくちゃ。」
「そうそう、これも実習だぞ・・・それじゃあ、セックスの経験はないとして、自分でしたことはあるのかな?」
「・・・ほら、黙ってうつむいたら白けちゃうぞ・・・で、オナニーの時はオッパイとアソコ、どっちが感じるの?」
有希が美貌を真っ赤にして恥ずかしがる様子が可愛らしく、男性教師達は口々にからかいの言葉を浴びせた。女性教師達は男性教師達の羽目の外しぶりを呆れた顔で眺めていた。

 その喧噪は、もう、いい加減にしなさい、と家庭科の中年女教師の速水洋子が一喝するまで続いた。
「まあ、酒の席は無礼講になれるのがうちの教師達のいいところだから、ね。」
と校長の長峰に時代錯誤としか思えない言葉で慰められ、有希は内心で呆れた。高校時代はどの先生も尊敬してたのに・・・
 夜も更け、やっと解放された有希は、心身ともに疲れ切って家に帰ると、倒れ込むように寝入ってしまった。


 そして有希の教育実習生としての生活は順調に進み、最初の1週間が終わった。有希は授業だけでなく、放課後にはテニス部の指導にも参加し、県大会ベスト8の実力を披露して皆を喜ばせていた。

 その週末、有希は地元にいる高校時代の女子の友人2人と旧交を暖めた。有希が思わず教師達の酒癖の悪さを愚痴ると、友人達はさもありなんといった顔で頷いた。そして、自分の周囲の男達も、悪い人達じゃないんだけど、酒癖が悪いのは似たようなものだと言うと、この町の後進性を3人で嘆き合ったのだった。それでも悩みを打ち明けあったことで、有希の心のもやもやはすっと軽くなった。


 翌週の月曜日の朝、駅から学校への道、すなわちこの町の一番の中心街を歩いていた有希は、いつもよりも遙かに多くの視線が自分に注がれているように感じた。
「・・・あ、あの人、・・・ほら、やっぱりかわいい・・・」
という他校の女子高生達のひそひそ声
「お、すっげぇ・・・ほんとに、・・・なのかな・・・」
という他校の男子高生達のにやけ顔
そしてちらちらと自分の顔や身体に視線を向ける社会人の男女、商店街の店主達・・・

 F学園の生徒達は大きな声で挨拶をしてくれたが、やはり自分のことを見てはひそひそ、にやにやしているように感じられた。

 教員室に入った有希は、隣の席の香澄に聞いてみた。
「あの、ちょっと自意識過剰かもしれないんですけど、なんか今日はいつもより人の視線を感じるんです・・・」

 「あら、あなたまだ知らないの? そりゃ、視線を浴びるのは当たり前よ。」
香澄は呆れたように言うと、PCを操作してあるホームページを表示させた。

 『可愛すぎる教育実習生がやって来た!!』とタイトルが大きく書かれたそのホームページには、壇上に上がって挨拶をする有希のリクルートルックの全身像が大写しになっていた。またその次には、テニスウェアで審判台に座っているところを斜め下から映し、太ももも露わな写真が同じ大きさで載っていた。その他にも、笑顔のアップや授業風景、サーブを打ってスコートがひらりと上がっている後ろ姿などの写真が数枚掲載されていた。
 「な、何ですか、これ?! まさか、このページ、公開されて・・・」
目を見開いて口ごもる有希を横目に、香澄はゆっくりとそのページを下にスクロールさせた。そこには、『二階堂有希先生のプロフィール』と題して、卒業した学校、現在K大文学部4年、21歳、ミスコン出場要請を毎年拒否し、影のミスK大と呼ばれていること、今、F学園中学に教育実習に来ていること、さらには推定のスリーサイズが85・60・90と勝手に書かれ、最後には、「有希先生、初日に衝撃の告白! 『私は処女です、キスの経験もありませんっ』」・・・

 「ちょ、ちょっと、こんなのひどい! すぐ削除してください!」
有希は顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。どうして通学時に皆が意味ありげな顔で自分の顔と身体を見ていたのかが分かり、穴があったら入りたい気分だった。

 「もちろん、すぐに削除したさ。」
後ろから聞こえてきたのは、副校長の寺崎の声だった。
「今見てるそれは、最初のページの削除要請をしてから、3回目くらいのコピーページ・・・もう、数え切れないくらいあるし、聞いたことも無い国のサーバにあるのもあって・・・ちょっと、どうしようもないな。まあ、下着を盗撮された訳でもないんだし。」

 そのデリカシーの無い言葉に、有希はまたこの田舎町に少しうんざりしていた。

次章へ 目次へ

アクセスカウンター