PART 2

 「やあ、おはよう、二階堂先生!」
呆然としている有希に、今度は校長が声をかけた。
「まあ、書かれていることは概ね公開情報だし、スリーサイズはまあ推定ってことだし、キスしたこと無いとも教室で言ったんだろう?・・・まあ、普通、そういう質問は笑ってはぐらかすと思うけどね。」
それはまるで、生徒の質問についキス未経験と言ってしまった有希の方が悪いと言いたげでもあった。この程度のことで波風を立てられたくない・・・そんな事なかれ主義の雰囲気を残し、校長は去っていった。

 結局本格的な犯人探しも行われず、各担任は、朝のホームルームで生徒達に厳重注意を行い、再発防止に努めること、ということだけが、朝の職員会での校長の指示だった。

 重い足取りの有希が3年1組の教室に入ると、黒板に書かれた大きな文字が目に入った。
『二階堂先生、負けないで! 俺たちがついてるよ!』
そしてその文字を中心として、寄せ書きのように有希への励ましの言葉が書かれていた。やきもちは気にしないで! 先生の笑顔は最高、F学園のみんなが味方だよ、ファイト!・・・

 「・・・あ、あ、ありがとう、みんな・・・」
筆跡が異なる字で溢れた黒板を目にして、有希は思わず言葉に詰まった。しょうがねえなあ、お前ら・・・ほら、日直、さっそと消して授業だぞ、ほら、日直、という指導教官の杉原の声が聞こえた。

 こうして、ハプニングに見舞われながらも、有希の教育実習の2週目は順調に過ぎていった。とにかく、堂々としていることよ、そうすれば噂や好奇心なんてすぐに収まるから、という香澄のアドバイスに従ったのも功を奏していた。


 そしてその週の木曜日の放課後。定例の職員会議が終わりに近づいた頃、副校長の寺崎が口を開いた。
「それから、今後の日曜日はF町祭りがあります。毎年のことなので言うまでもないと思いますが、先生方はご協力をお願いします・・・あ」
寺崎はそう言って有希の方を見た。
「二階堂先生も、申し訳ないんだけど時間あるかな?」

 「え、今度の日曜、ですか・・・いえ、大した予定はありませんから大丈夫です。」
本当は高校時代の友達と合う予定だったが、有希は笑顔で頷くしかなかった。
(仕方ないわ。皆とはお祭りの前に会えばいいんだし・・・)

 「悪いね、久しぶりに帰ってきたんだからいろいろあるんだろうけど。」
有希のほんの一瞬の躊躇いを見抜いた校長が笑顔で口を挟んだ。
「ただ、町内会とはうまくやらないといけないんでね。特にこのF町祭りを県で一番の祭りにする、というのが町内会長さんの目標なんだよね。生徒達も40人ほど参加させてもらって、神輿や山車を引かせてもらうことになっていますしね。」

 「生徒達はクジ引きで負けたら仕方なく出るって感じだけどどね。今時の子は、町内の祭りに出るなんてめんどくさいみたいだから。」
香澄が小さな声で呟き、有希に向かって小さく頷いた。仕方ないのよ、付き合ってあげてね・・・

 「はい、大丈夫です・・・あの、私は何をすればよろしいでしょうか?」
有希は微笑みながら聞いた。

 「きっと、私と一緒ですよね、校長先生?」
香澄が校長より先に答えた。
「女神輿に参加して欲しいんですよね?」
あ、ああ、まあ、できれば、と曖昧に頷く校長を見ながら香澄は続けた。
「そう言うことだから、少し我慢してね、有希ちゃんの可愛い法被姿、みんな見たいのよ。先生だとか町内会長だとか言っても、そういうとこは男子生徒と変わらないのよねえ。」

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 その週の日曜日の午後。高校の近くのカフェには、有希と高校時代のクラスメイトの合計10人が集まっていた。

 しばらく経って、皆の近況報告やいない人間の噂話、高校時代の思い出を一通り話し合い、10人はすっかり昔のように打ち解け、まったりした空気が漂っていた。

 「あーあ、何か本当に高校時代に戻ったみたい。そう言えば、この店もあの時と全然変わらないよね。」
すっかりと打ち解けた有希は両手を上に伸ばして伸びをしながら言った。そして、そのブラウスを盛り上げる胸の膨らみが強調され、男子達はどきっとするのを感じていた。

 「あー! 沢木くん、今、有希の胸をがん見した! エッチッ」
明るい性格でショートカットの内藤紗英が、男子の動きを見逃さずに声をあげた。

 「ていうかさ、男子全員、見てたよね。男ってほんと、さいてーっ」
大人びた風貌の倉石理恵も容赦なく糾弾し、男子達を軽く睨んだ。
「・・・って、高校時代なら絶対許さなかったんだけどね。(笑)」

 「だってしょうがないじゃん。こんな可愛い癖に、胸まであることを見せつけられたらさあ。」
お調子者の沢木が悪びれずに言った。
「だけど、女子達も少し丸くなったなあ。やっぱり、大学でいろいろ経験あったわけ?」


 「こら、調子に乗って野暮なことを聞くんじゃないの。」
しっかり者の小野寺友梨が呆れ顔をした。

 「だけどさあ、有希ちゃんはまだ、経験無いんだよね?」
高校時代はまじめだった松野がつい口に出した。
「まあ、だからこんなに無防備なのかもしれないけど。」

 「え、もう、や、やだ・・・ちょっとやめてよ。」
自分の胸が皆の話題になっていることに顔を赤らめていた有希がたまらずに言った。

 「ま、しょうがないわよ、何たって有希ちゃんは、『可愛すぎる教育実習生』だもんね。」
さばけた性格で同じバドミントン部だった近藤里佳がぽんぽんと軽く有希の肩を叩いた。
「だけど有希って、ほんとに三沢くんとはキスまで行かなかったんだ?」
もう、やめてよお、という有希の困った声と、あはは、有希ちゃん、可愛い、という男女の声が店内に響いた。

 その後、有希が今日はこれから、F学園からの応援として、女神輿に出なければならないことや、職員同士の飲み会でからかわれていることを話すと、皆は同情して聞きながら、有希ちゃんももっとそういうことに慣れないと社会に出て苦労するよ、と励ましたのだった。

 そして神輿の準備があるからと言って有希が席を立つと、皆は、
「頑張ってねえ。」
「皆で見に行くからね。可愛すぎる教育実習生ちゃんの女神輿の凛々しい姿!」
「もちろん、法被からきれいな脚を出してるところもね(笑)」
「終わったらその格好のままで2次会行こうよ。」
「町内会のオヤジに触られるなよ。」
「先生達があんまり調子に乗ったら私たちに言ってよ。」
などと口々に言って、明るく送り出したのだった。

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 「お待たせしました!」
有希が時間ぎりぎりに女神輿の参加者の集合場所に到着すると、家庭科の速水洋子と音楽の西村香澄が既に来ていて、法被姿に着替えていた。そして有希の姿に気付くと、二人は何とも言えない表情を浮かべた。
「あ、すみません、遅れました。」
もっと早く来るべきだった・・・旧友と話が弾んで遅れてしまったことを有希は内心で悔やんだ。

 「あら、時間なんて全然いいのよ、有希ちゃん。それにまだ約束の時間の前じゃない。」
中年の洋子が有希に向かって笑顔を浮かべると、親しげな口調で言った。
「ただ、ちょっと困ったことになってね・・・」

 「え、何ですか、困ったことって?」
有希は不思議に思いながら聞いた。町内会長が力を入れているとは言っても、所詮は祭りではないか。それに何かあっても、私達にできることはしれている。できることならいくらでも力を貸す、しかないではないか・・・
「私にできることなら、何でも言ってください。」
(後片付けでもさせられるのかな、そしたらみんなとの二次会に行けないな・・・)しかし実習生の自分が率先して受けなければならないのだから仕方がなかった。

 「ほんと、ごめんね、有希ちゃん。そう言ってくれると助かるわ。」
すっかり仲良くなっていた香澄が、ちゃん付けで呼びながら言った。
「でも、どうしても嫌だったら断ってくれてもいいのよ・・・」

 「え、は、はい・・・」
その時になると、有希は他の女神輿の女性達からも注目を集めていることに気付いた。
(え、何、一体何なの?)
「私は大丈夫ですから、おっしゃってください」

 「あの、それがね、有希ちゃん・・・今年から、F町祭りを県下一の祭りにしようってことで、いろいろ新しいことしてるの、知ってるわよね。」
言いにくそうな香澄に代わり、洋子が代わって答えた。
「その目玉として、ブラジル人のサンバチームを呼ぶことになってるの、知ってるでしょ?」

 「は、はい・・・」
予想外の洋子の言葉に、有希は内心で困惑していた。まさか、私に?・・・

 「それでね、そのサンバチームの1人がね、とっても美人でスペイン系の人だったんたけど・・・ほら、あのポスターの、真ん中の人ね。」
洋子の視線の先には、F町祭りのポスターがあり、『今年は本場のサンバチーム来る!』と大きなコピーが書いてあり、褐色の肌の美女達が並んでいた。その中央では唯一、白い肌の美女が微笑んでいた。
「・・・だけどね、あの人、急にご家族の具合が悪くなっちゃったみたいで、国に帰ってしまったそうなの。」
 「ちょ、ちょっと待ってください。あの・・・まさか私に、その代役を、ということでは無いですよね?」
有希は嫌な予感を感じながら、必死に言った。
「私、サンバの経験なんてありませんし。」

 その時、近くにいた女性達が有希達の所に近付いてきた。
「大丈夫よ、まだ出番まで3時間近くあるんだから。基本的な動きは2時間もあればマスターてきるそうよ。」
「そうそう。それにね、今回のサンバチームは、真ん中に白い人がいないと、きまらないんだって。」
「やるからには、ダンスチーム対抗の人気投票で一位にならないとプライドが許さない。知ってるでしょ、どの踊りのチームが一番良かったか、投票で決めるの。」
「それで、白人がいないと一位になれないから、代役がいないなら参加しない、ってごねてるみたいなの。」
「そうそう、それでさっき、副会長さんが私たちに頼みに来たわけ、町の活性化のために何とかしてくれって。」
「まあ、そんなこと頼まれても困ると思ったんだけど・・・確かにあなたならできるかもね、代役。」
「うん、肌は白いし、可愛いし、出るとこ出てるし。」
5人の中年女性はそう言うと、有希の身体を上から下までじろじろ眺めた。

 「そ、そんな・・・私、サンバなんて・・・」
有希は悪い予感が当たってしまったことを悟り顔面蒼白になった。ポスターをもう一度見ると、中の女性達は皆、ビキニよりも小さな衣装で大事なところを隠しているだけなのだ。ブラジル人女性達が堂々としているからその格好でもいいけど、私があんな格好をしたら・・・

 「大丈夫よ、裸になれって言ってるんじゃないんだから。」
仕切り屋っぽい女性が有希の羞恥心を全く気にせずにいった。
「それにあなた、『可愛すぎる教育実習生』って言われてちやほやされてるんでしょ? ますます注目されて悪い気はしないんじゃないの、ねえ・・・」

 「ちょっと、鈴木さん、そのくらいにしなさいよ。恥ずかしがってるじゃない。」
世話好きそうな女性がさえぎった。
「サンバにもね、いろいろな衣装があるんだって。今日は急な応援だから、ワンピースみたいに肌がすっかり隠れる衣装でもいいって言ってたわよ、副会長さんが。」

 「・・・まあ、そういうわけだから、今日のところは一肌脱いでもらえるかな、有希ちゃん」
まだ表情を硬くしている有希に寄り添い、洋子がそっと肩に手を乗せた。
「大丈夫、出番は20分位だけみたいよ。F町と学園のためだと思って引き受けてもらえないかな。」

 「・・・は、はい、分かりました。衣装は、大人しいものでもいいんですよね?」
有希は仕方なく頷いた。
(20分だけ、我慢すればいいのね・・・)

 しかし有希はその数時間後、雰囲気に流されて妥協してしまったことを死ぬほど後悔することになるのだった。


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