PART 3

 サンバチームの控え室はF学園の体育館だった。ブラジル人と会ったことなどない有希は緊張しながらその扉に手を掛けた。
「失礼します・・・」
有希は頭を下げながら小さな声でそう言うと、そっと顔を上げた。その途端、数十人の褐色の顔、そして白く大きな目が自分に向けられているのが分かり、有希は思わずひぃっと小さな悲鳴を上げた。

 すると、一人の大きな女性が寄ってきて、にっこりと笑いかけた。
「ワオ、トテモカワイイネ!」
その女性ははっきりした顔立ちにサンバのメイクを施し、褐色の肌が艶やかだった。
「オウエンニ、キテクレタノネ、アリガトウ。ワタシ、マルシア、ヨロシクネ。」

 「・・・は、はい・・・私は、よろしくお願いします。二階堂有希と申します。」
有希は慌ててそう言って頭を下げた。気が付くと、他の30人程の男女も、その表情はにこやかだった。
「あ、あの、日本語、話せるんですか?」

 「ハイ、ワタシタチミンナ、ニホンゴ、ハナセマス」
マルシアは顔一杯に笑みを浮かべ、親しみを表現していた。
「ワタシタチ、トナリノケンノ、コウジョウデ、ハタライテイマス。ナンネンモマエカラ・・・ダカラ、ニホンゴ、スコシハナセマス。・・・ユキサン、キョウハ、フランシスカノカワリ、ヨロシクオネガイシマス。」
マルシアの言葉に合わせ、他のブラジル人達も、ヨロシクオネガイシマス!、と声を合わせて言った。音楽隊が太鼓のような打楽器を一斉に鳴らし、体育館の中に響き渡った。リズムに合わせるように、数人の女性が踊り始めた。そして皆が、有希に笑顔を向けていた。そして一人一人が有希の前に来ると、名前を言って笑いかけた。

 予想もしなかった歓迎を受け、有希はほっとすると同時に、少し感動していた。皆が心から歓迎してくれているのが本当によく分かったのだ。でも・・・
「どうもありがとう。皆様とご一緒できて、とても嬉しいです。」
有希はそう言って頭を下げると、ゆっくりと顔を上げた。
「だけど、私、サンバをしたことがありません・・・それから、皆様のような衣装はちょっと、着れません・・・」

 「ダーイジョウブ! シンパイイラナイヨ!」
今度は突然、陽気な男性の声が響いた。
「ワタシタチノサンバ、キマッタオドリ、アリマセン。リズムニアワセ、タノシク、カラダヲウゴカセバオーケー!」
そしてその男は腰をかがめ、有希の顔を覗き込んだ。
「ワタシ、ジョゼ、トイイマス。コノチームノリーダーデス、ヨロシクネ。キガエタラ、スコシダケ、レンシュウシマショウ。」

 「・・・分かりました。」
有希はジョゼの顔を見て頷いた。皆の陽気な顔を見ていると、何か、自分にもできるかもしれない・・・そんな気がしてきていた。
「それで、衣装については、副会長さんから聞いていらっしゃるかと思いますが、露出の少ないものでよろしいでしょうか?」
 
 「ハイ、キイテイマスヨ、ダイジョウブデス。ユキサンノキレイナカラダ、ミレナイノガザンネンダケド。」
ジョゼはそう言って人懐っこく笑った。
「ソレデハ、ジブンノイショウニ、キガエテクダサイ。」

 「・・・え?」
意外な言葉に有希は戸惑った。聞き間違いかな?
「あの、衣装は持ってきていないのですが・・・こちらにある、衣装を貸していただけませんか?」

 しかし、こんどはジョゼが戸惑う番だった。
「アレ、フクカイチョウサン、ユキサンニスキナイショウヲキサセテ、ッテイウカラ、ユキサンガ、キタイイショウヲ、モッテクルトオモッタヨ。」

 「ソレナラ、フランシスカノ、イショウヲ、キレバイイヨ。」
マルシアがそう言って、ピンクをベースにシルバーをあしらった衣装を手に取って見せた。
「ホラ、トテモキレイデショ?」
それは、羽のようなものが綺麗にあしらわれた頭と背中の飾り、そしてやはりピンクのビキニ状のトップとボトムだった。それぞれ、細い銀の鎖のような飾りが巻かれ、きらきらと輝いていた。

 「・・・え、ええ・・・だけど・・・」
有希はマルシアの屈託の無い笑顔を見ながら、言葉に詰まった。

 確かにそれはとても綺麗ではあったが、よく見るとトップは乳房を覆うにはあまりに小さく、乳房がはみ出てしまいそうだった。また、ボトムはサイドの部分が殆ど紐であり、股間の部分だけをようやく庇う布がついているだけたった。トップにもボトムにも装飾用の銀の紐が簾のように付いていたが、とても肌の露出を隠すことはできなかった。それに、こんなにゆったりとした造りでは、彼女達より小柄な有希が着て踊ったら、衣装がずれて乳首や恥毛が露出してしまいそうだった。
 それは有希にとって、ビキニよりも露出の多い格好で祭りに参加して、親しい人達が見ている前で踊れ、と言われているのと同じだった。そんな破廉恥なこと、絶対にできない・・・

 「ユキ、コノイショウガキニイラナイノ?」
マルシアが困ったような顔で言った。
「ユキガデナイナラ、ワタシタチモデナイワ。」

 「そ、そんな・・・お願いです、そんなこと言わないで。せっかく来てくれたんですから・・・」
有希は慌てて言った。もし彼女達が帰ってしまったら、中途半端に引き受けてやっぱり断ったせいになってしまう・・・町内会長はどう思うだろう。校長先生は・・・

 「ソレナラ、コレヲツケレバイイワ。」
さっきイザベルと名乗った少女が見かねたように立ち上がり、自らの衣装の一部を取り外した。そして、胸と下半身を庇うための重ね着を手に持ち、有希に向かって差し出した。

 「え、いいの?」
予想外の申し出に有希はまた戸惑った。イザベルはまだ十代という雰囲気で、このチームの中では珍しく、やや恥ずかしがりやに見えた。

 「ダイジョウブ、ワタシ、モウハズソウトオモッテタカラ」
イザベルは照れ笑いしながら有希を見た。
「ユキサンハ、キョウガハジメテデショ? シカタナイヨ、ハズカシイノハ」

 「あ、ありがとう・・・」
有希がそう言って受け取ると、イザベルがにっこり笑い、他の男女は歓声を上げて盛り上がった。

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 有希は、マルシアに連れられて更衣室に行き、衣装を着ることとなった。今着ている服は当然、下着も含めて全部脱がなくてはならない。不安そうな表情になる有希を見て、マルシアはこれも使って、と二つのものを渡した。一つは乳首を隠すピンクのニプレス、もう一つは、C型パンティだった。イザベルにもらったもので肌の多くは隠れるし、考えたくないが、最悪の事態もこの二つで防げる・・・有希はそう思って自分を慰めるしかなかった。

 そしてマルシアに装飾物も付けてもらった有希は、少し震えながら歩き、ブラジル人のダンサーと音楽隊の前に現れた。
「い、いかがでしょうか。」
有希はかちかちになって直立し、目の前の30人のブラジル人男女を見回した。内心では、NGが出ることを密かに願っていた。

 しかし、有希のその願いは全く逆に裏切られることになった。
「ワーオ!」
「カワイイシ、キレイネ!」
「フランシスカニマケテナイヨ!」
「コレデイチバンニナレルネ、ワタシタチ!」
「ホラ、ユキ、ワラッテ!」
またもや音楽隊が太鼓を叩き、ダンサー達が踊って喜びを現してくれた。
 

 確かに、有希の身体にその衣装はぴったりと合っていた。ピンクの羽根が頭の上を飾り、背中にも沢山の羽根がバタフライのようについているのがとても華やかな印象をもたらしていた。そして身体の前面は、ピンクのブラに沿うように銀の紐が簾のようにぶら下がり、乳房の下やお腹の露出を防いでいた。また、ボトムの上にはパレオのような薄い布が巻かれ、お尻や下腹部を庇っていた。そして化粧は特にせず、さっきの薄化粧のままだった。マルシアが日本人の化粧はかえっておかしくなりそうんだから、そのままの方がいいと言ったためだった。

 その結果、ブラジル人から見ると、肌が白く、この上なく可愛いらしい日本人の女性がサンバの格好をして恥じらっている、という刺激的な光景になっていた。

 「あ、ありがとう・・・」
有希は作り笑いを浮かべながら、羞恥心を必死に堪えていた。動かなければ何とか耐えられる格好だが、これでサンバを踊ったら・・・衣装の作りを知っている有希は生きた心地がしなかった。どうしてこんな格好で踊れるの、ブラジルの人達は?・・・


 そしてそれから2時間、有希はサンバの踊りの特訓を受けることになった。ただ、有希にとって幸いなことに、このチームの踊りは、決まった振りを皆で一斉に踊るようなものではなく、リズムを身体で感じ、全身でサンバを表現すれば良い、というスタンスだった。もちろん基本的なステップや身のこなしはあるので、有希はマルシアにマンツーマンで仕込まれることになった。

 マルシアはいつもにこやかで陽気だったが、有希が恥ずかしさで動きが鈍くなることだけには厳しかった。有希が少しでも躊躇う様子を見せるとすぐにダンスを止め、両手をぱんぱんと叩き、大きな声で有希を叱責したのだった。
「ソレジャダメ、サンバハゼッタイニハズカシガッタラダメ! ユキ、イイカゲンナサンバ、ゼッタイニユルサナイヨ!」

 ・・・しかし、その厳しい指導のお陰で、1時間経った頃には、有希は基本的なステップと動きをほぼマスターし、皆と合わせての練習に参加できることになった。正直、最初は身体が動く度に乳房の下の部分が覗き、布の薄いパレオが捲れ上がってTバックのお尻がちらちら露出してしまうのが恥ずかしかったが、十数人のダンサー達が自分よりもずっと露出の多い衣装で、堂々と楽しそうに踊っているのを見て、一緒に練習しているうちに、恥ずかしさもあまり感じないようになっていた。
(踊るって楽しい・・・私、できるかも・・・ほんの20分だけだし、みんなの足を引っ張らないように頑張ろう・・・)

 練習の最後は、合図に合わせて一斉に同じ動きをするものだった。基本的には自由に踊るのだが、太鼓の一定のリズムの時には、その何種類かのリズム毎に、全員合わせて、左右に回転したり、胸を左右に振ったり、腰を激しく振ったりすることになっていた。自由に踊っていた十数人が一斉に動きを合わせる様は壮観で、楽しかった。
 まさか、サンバがこんなに楽しいなんて・・・太鼓の独特のリズムがすっかり身に染み着いてきた有希は、マルシアやイザベル達と時々目を合わせながら踊り続けた。

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