PART 10

 合宿二日目。
 前日の騒動はすっかり収まり、彩は下着姿を晒したことなどなかったかのように元気になっていた。しかも今日の服装は、上は黒いタンクトップで水着跡の白い肌が大きく露出していた。これではブラ紐が見えてしまうはずだが見えず、胸の谷間が黒いタンクトップから覗いていた。彩によればこれはブラ一体型なので問題ないとのことだったが、男子にとっては目の毒、いや眼福だった。

「さあ、今日も気合入れていくよー」
 女子チーフの彩は大きな声を出し、皆を元気づけた。はーい、と答える女子達の一部は笑顔を浮かべ、他の一部はやや呆れた表情になっていた。

 一方、男子たちはちらちらと彩のウエアを見ながらこそこそと話していた。
「おい、今日の若杉のウェア……」
「大胆だな(笑)」
「水泳部ではいつも水着だし」
「今日は暑いしなー」
「肩紐外れないかな(笑)」

 男子達が彩ばかりに注目するのは、当然女子達が面白くなく感じるはずだった。
「また男子の目がいやらしいんだけど」
「ほんとにー」
「ニヤニヤしちゃって!」
「だけどまあ大胆だよね、あの恰好」
「そりゃ暑いけどねー」
「水泳部では水着だしねえ」

 突然、彩がその女子達の方を見て口を開いた。
「ちょっとそこ、何こそこそ言ってるの?」
 本人は一生懸命練習しているだけなので、女子たちが何をひそひそ話しているのか想像がつかなかった。

「すみませーん」
 彩に見つめられた女子の一人が大声を出し、周りの皆とともに頭を下げた。
「先輩怖い〜」
 その女子達の視線を浴び、男子達もしばらく静かになった。

 そのまま練習がしばらく続いたが、やはりしばらくすると男子達がまたそわそわし出した。
「日焼け跡エロいな」
 一人の男子が思わず呟くと、周囲の男子が待っていたかのように言葉を続けた。
「胸でかいよな!」
「あれってまさかノーブラ?」
「ぷるぷる揺れるのがたまらん」

 近くの女子達が呆れた表情になる。
「男子、胸を見過ぎ!」
「だけど、先輩も少し気を付けてほしいよねえ」
「無邪気に男子の気を引くのはやめてほしいよねー」
「そういえば、何人も告白させて振ってるみたいよ」
 女子達の主な不満はそこだった。かっこいい男子たちが皆、彩狙いになってしまっているのだ。しかし彩は誰かを選ぶこともなく、刺激的な恰好を見せて弄んでいる……

 しかしそのもやもやした空気は、彩にとっては弛んでいる意外の何物でもなかった。
「みんな、元気ないよー。特に女子、ちょっと弛んでるよ!」
 一旦練習を止めた彩は、笑顔を消して厳しい表情になり、周囲の女子達を見回した。

 隣のコートの男子達も練習を止め、女子コートの様子を遠巻きに眺めた。
「彩ちゃんの胸も弛んでるよな(笑)」
「練習中におっぱいぷるぷる震わせる方が悪いと思う(笑)」
「怒った顔も可愛いな」
「肩紐、切れないかな(笑)」

 叱られている女子達も、さっきまでほど素直ではなくなっていた。やや不満そうな表情でひそひそ話を交わす。
「若杉先輩、ちょっと厳しすぎだよね」
「別に大会で勝たなくてもいいんだけど」
「楽しくテニスできればね」
「後は飲み会とか(笑)」
「かっこいい男子とか(笑)」
 クスクスっと笑いが漏れたが、彩の雰囲気を感じて慌てて引っ込めた。

 ついに彩の辛抱が切れた
「そこの1年女子! 私の相手しなさい」
 彩は1年生の中で一番うまい女子を指名し、一対一でのストローク練習を行うことにした。

 がんばれー、と小さな声援に送られた一年女子だったが、彩には全く歯が立たなかった。厳しいショットを必死に返すが、彩はどんどん前に踏み込み、ボールの弾み際を叩いてきた。バックハンド側なら少しはと思って打ってみたが、さらに切れ味鋭いバックハンドで打ち込まれ、その一年女子は正面に飛んできたボールに慌ててラケットを合わせ、そのまま弾かれてしまった。
「きゃ、きゃあ!」

「もうすぐ新人戦よね?これくらい返せないと。次!」
 彩はその後、他の1年も同じように次々としごいていった。
「ほら、きちんと返せるまで終わらないよ!」

「こんなの無理です…」
「厳しすぎます」
 1年女子たちが堪え切れずに訴えた。

 しかし、彩の怒りはまったく収まらなかった。
「無理じゃない! 男子がどうとか浮ついてるからでしょ! ほら次!」

「先輩こそ、その恰好……きゃあ」
 言いかけた女子は目の前にボールを打ち込まれて悲鳴をあげた。

「何か言った?」
 彩は次のボールを持ちながらその女子を見つめた。

「い、いえ……」
 こうなっては何を言っても無駄だと分かっていた。1年女子は全員、彩にしっかりとしごかれることになった。

 三十分後。1年女子全員がなんとか一度は彩とラリーをして許された。皆、ぜーぜー息をしていたが、彩に号令をかけられ集合する。
「みんなちょっと聞いて。このサークルは、その辺のちゃらちゃらしたサークルとは違うの。大学内大会では何度も優勝しているんだから、今年も絶対優勝を狙うわよ」
 彩は腕組みをして、右手に持ったラケットを肩にかけたポーズで皆を見据えた。

 見かねた2年女子が口を挟んだ。
「彩ちゃん、ちょっと肩に力入りすぎじゃない?」
「中にはいろんな子がいるんだし」
「大会出場選手だけ鍛えたらいいんじゃない?」
 1年女子のうちの何人かが小さく頷いた。

 しかし彩は険しい表情を崩さなかった。
「やっぱり全員で頑張らないと。合宿の間だけでも」
 1年だけでなく、2年の女子達も不満げな表情になったが、彩の意思が変わることはなかった。
「悪いけど、私は女子部長として、このサークルの伝統を守る責任があるの」
 彩の声が響き、形勢が固まった。

 隣のコートで練習しながら、男子も気が気ではなかった。
「今日は女子たち、かなり険悪な空気だぞ」
「若杉はちょっとまじめ過ぎるんだよなあ」
「女子部長になって責任感じてるんだろうけど」
 そう言いながらも、視線は彩の白い肌につい向けられていた。

 どうやら彩の意思が通ったらしく、女子のコートから彩の声が響いてきた。
「……合宿中は、ケアレスミスをしたら、罰としてコート一周ダッシュね!」
 はーい、という女子たちの声はどこか諦めたような感じだった。

 こうして、彩が主導しての厳しい練習は三日目、四日目も続いた……

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