PART 42b

「え?」
 麻衣子は笑顔のまま、少し首を傾げた。
(うそ、間違いでしょ、奈央さんが試すはずでしょ?)
 股間を庇う手に力が入った。まさか……ちらりと前方を見ると、有川が頷いて見返してきた。

 同時に、有川の声がインカムから聞こえた。
『これが、「声」の要求してきた変更点だ。君がバランスボールに乗るんだ』

「はい、それでは、本澤さん、お願いしまーす!」
 気の毒に思いながらも、奈央は元気に言った。生放送の番組なのだから、躊躇はできない。それに、麻衣子は放送画面では着衣のままなのだから、変に気を使ったら、ネットでの全裸放送が事実だと知られることになってしまう。

 当然、ネット中継モニターには歓喜の言葉が無数に書き込まれ、卑猥な言葉で麻衣子をからかっていた。その言葉は直に麻衣子の脳内に届いてしまう。
<やった、ついにマイマンご開帳!><きっと上品な生え方なんだろーな><バランスボールじゃあ隠せないねえ(笑)><ほら、早く乗りなよ><足をぱかっと開いてね><いいじゃん、キュロットスカートなんだから…建前ではね(笑)>

 ほんの一瞬のうちに麻衣子は追い込まれてしまった。のんびりしたBGMが鳴っている中、目の前のスタッフが息を呑んで見つめているのが分かった。その視線には、同情と共に、どこか好奇の色が感じられた。ネットで生中継される中、アソコを公開しなければいけないなんて、どんな気持ちだろう……

「はい、分かりました。バランス感覚はあまり良い方ではないのですが……」
 当たり障りのないセリフをアドリブで言いながら、麻衣子はバランスボールの前に移動し、直立の姿勢から膝だけを曲げ、腰を落としていった。両手は相変わらず、股間を庇ったままだった。不自然に見えるのは分かるが、無毛の股間をネット生放送で晒すことはできなかった。<なんだそれ><早く足開けー><オマ〇コ見せろ!>……画面には白い文字が溢れていた。時折、(いや、見ないでっ)などと麻衣子の心情の言葉がピンクの文字で表示され、それがまたネット視聴者の嗜虐心を煽っていた。

 作り笑いを浮かべながら、不自然でない程度にゆっくりと、慎重に膝を曲げていった麻衣子は、ついに裸の尻がバランスボールに触れるのを感じた。ビニールの冷たい感触を感じると、自分が尻を丸出しにしていることが現実であることを改めて思い知らされた。麻衣子は太ももをぴったりと閉じたまま、股間を両手で庇ったままバランスボールに座った。それは不自然に上品な座り方だった。隠すことをあきらめた二つの真っ白な乳房が微かに揺れていた。
「……はい、座ってみました……結構固めの素材なんですね」
(見えてないわよね。お願い、早く終わって……)
 麻衣子の内心が、容赦なくネット生中継のモニター画面にピンク字で表示され、ギャラリーの嗜虐心を煽った。

 当然、ネット生中継のモニターは視聴者からの白い文字で埋め尽くされた。
<まだ隠すの、引っ張るなあ><おっぱい丸出しでよく笑えるね><乳首びんびんに立ってるじゃん(笑)><ほんとは全部見てほしいんだろ><早く手をどけろー><どうあそこはぐっしょり濡れてるんだろ?><いいじゃん、仮想脱衣なんだから><早くオマ〇コ見せて!>……

「さすが本澤さん、バランスボールにも上品に座るんですねぇ」
 本当はもう少し時間を取り、揺らしたりしてみるはずだったが、奈央はさり気なく進行を変更しようとした。ネットに中継されながら全裸になり必死に股間を隠している麻衣子を見て、いたたまれなくなったのだ。
「それでは、……」
 きゃあっ、と悲鳴が聞こえて、奈央は言葉を止めた。

 悲鳴を上げたのは麻衣子だった。突然、バランスボールが後ろに傾き始めたのだ。足が床から浮いてしまい、麻衣子は上半身を前に傾けたが、ボールはそのまま後ろに回り続けた。もう身体は30度以上後ろに傾いているので、背中から床にぶつかるのは避けられなくなった。麻衣子は両手を股間から離し、後ろに回して身体が床にぶつかる衝撃をやわらげようとした。浮いた両足はバタバタと宙を蹴った後、大きく広がってボールの側面に沿って左右に落ちていった……

 それはほんの2、3秒の出来事だった。その結果、麻衣子は背中を床にべったりとつけるように倒れていた。そして両足は真上に向けて立てられ、左右に大きく広がってバランスボールを挟み込む形になっていた。

「い、いやっ!」
 一瞬のうちに恥ずかしい格好を取らされた麻衣子は、生放送中であることも忘れてまた悲鳴をあげた。麻衣子は今、何も身に着けていない素っ裸だ。せめてもの抵抗として股間を手で隠していたのに、今は90度以上に開脚し、透明なボールが乗っているだけなのだ。

「あ、駄目、撮らないでください!」
 真上からテレビカメラが見下ろしているのが見えて、麻衣子は思わず口走った。確かに段取りでは、奈央がバランスボールに乗っている姿を近くに寄って撮ることになっていたが、今の私は……脳内には容赦なく、ネット視聴者たちの歓声が聞こえていた。<おお、おっぴろげ!(笑)><お〇んこ丸出し、麻衣子ちゃん><でも、ボールのせいで歪んでるなあ><ひょっとして毛が生えてない?><パイパンだ!><くそ、ボールが邪魔で確認できないな><これ、ほんとに仮想脱衣?>……

「うわ、本澤さん、すごい格好ですよ!」
 奈央が明るい声で言った。放送映像では麻衣子は、レンガ色の袖フリル付Tシャツにネイビーのタイト風キュロットスカートの姿で映っているはずなのだから、そんな風にからかうのが自然だと思ったのだ。しかし、隣で床に横たわり、足を開いて宙に突き上げている麻衣子の姿は、あまりにもあられもない姿で、心底同情していた。
「さ、起き上がりましょう」
 奈央は腰を屈め、手を伸ばそうとした。

『駄目だ、奈央ちゃん。麻衣子ちゃんには自分で起き上がらせるんだ!』
 突然、インカム越しに有川の指示が奈央と麻衣子に聞こえた。
『それから、段取りどおり、5秒キープできるまで続けると言うんだ……麻衣子ちゃん、アソコはボールで隠されてるから大丈夫だ』

 えっ?……ほんの一瞬、奈央が困惑した表情を浮かべた。その段取りは、奈央がバランスボールに乗る場合の話であって、今の麻衣子にさせるなんて……それも「声」との約束なのか……奈央の視線を感じた有川が小さく頷いた。

「はい、それでは本澤さん、5秒、バランスボールの上で両手を水平に広げて、同じ姿勢をキープしてくださいね。できないと終わりませんよー」
 生放送の本番中にためらうことはできない。奈央はすぐに切り替えて、にこやかに言った。
「ほら、早く起き上がってください、本澤さん」

「はい……あれ?……」
 麻衣子は身体を起こそうとして困惑した。背中が床から離れない……まさか……

《気がついた? すごい格好だね(笑)》
 不意に脳内に「声」が聞こえた。もちろん、それは同時にネット中継モニターにも青字で表示されている。
”僕の力は強くないけど、何かをさせないことはできる……何かと何かが離れないようにすることもね……背中と床とか、足とバランスボールとか”

「すみません、身体がちょっと痺れて……」
 麻衣子は奈央に向けてそう言って時間稼ぎをしながら内心で懇願した。
(ごめんなさい、さっき命令に従わなかったことは謝るから! お願い、もう許して!)
 透明なボール越しとは言え、ネット視聴者に大股開きの股間を晒し続けているのが辛くて、麻衣子の頬は真っ赤になっていた。

《気をつけないと、カメラさんがもっと下から撮ろうとしてるよ。アソコを狙うなんて、視聴者のニーズを分かってるね(笑)》

(……!)
 麻衣子の顔が引きつった。この格好で下から撮られたら、女性が絶対に見られたくない部分がまともに映されてしまう!

「え、えい!」
 麻衣子が両足に力を込めると、宙に向けていた脚が少しだけ動いた。しかし下から撮るカメラから股間を守ることはできない……麻衣子は生放送を意識してはしゃいだような笑顔のまま、必死に全身に力を込めた。

 すると、腕と手が床を押す感触がして、ふっと身体が床から離れた。ただ、両足は大きく開いてバランスボールを挟むように跨ったままだった。麻衣子は今、バランスボールをまたいで大股開きで立ち、正面のカメラに向き合う形になっていた。
「あ、いや、こんな格好……」
 放送映像を意識しながら、麻衣子は引きつった表情で照れ笑いを浮かべた。まっすぐ下ろされた両手で股間を隠したかったが、また力が入らなくなっていた。……ひどい、これじゃあ、ネット中継で全部見られてしまう……いやあっ、見ないで!……やっぱりパイパン!などと無数の歓声が脳内に響く中、麻衣子はちらっとモニター画面の方に視線を走らせた。

 テレビカメラの横の二つのモニター画面に、麻衣子の全裸姿が映っていた。
(え、どうして?……)
 一瞬、麻衣子は違和感を覚えた……二つともネット中継映像になっている?……いや、左側の方には白い文字が流れていない……

『放送続行! 映像ジャックされていることにしろ!』
 有本の声がインカムから響いた。それはいつもと違い、切迫した声音だった。
『奈央ちゃん、フォロー頼む! いたずらに負けないスタンスだ』

「えー、今、放送映像が乗っ取られているようです」
 奈央の表情が少し神妙になっていた。
「お見苦しいかと思いますが、スタジオはいつものとおりですので、このまま放送を続けさせていただきます」

 奈央の声が終わる頃には、左側のモニターの上部にテロップが表示されるようになっていた。そこには、「ただ今、何者かにより、放送映像に加工が加えられております。対応が終わるまでこの映像のまま通常放送を行います。お見苦しい点があるかと思いますがご了承願います」
 テロップの下の映像は、着衣の奈央と、全裸で乳房も無毛の秘部も丸出しでバランスボールに跨っている麻衣子の全身像が映し続けられていた。

「え、あ、あの……」
 麻衣子はどもった挙句、絶句するという、生放送のアナウンサーあるまじき失態を演じた。しかしそれは、ある意味で無理のないことだった。左側のモニターは、現在の放送映像のモニター……つまり今、麻衣子の全裸姿が、地上波の本物の放送映像として全国に流れているのだ。

『聞こえるか、麻衣子ちゃん? 仮想着衣システムがダウンした。外部からの攻撃かもしれない。この映像は仮想脱衣システムのいたずらってことにするから、着衣のつもりで放送を続けるんだ。恥ずかしがるな!』
 有本の早口がインカムから聞こえた。

(そ、そんな……)
 麻衣子は頭の中が真っ白になった。地上波で、お茶の間のテレビでこの格好が映されているの? 本当に?……それなのに、服を着ているつもりで恥ずかしがらずに放送を続けろだなんて……

「それでは本澤さん、バランスボールで5秒キープ、頑張って!」
 表情をこわばらせている麻衣子をフォローするように、奈央は不自然なくらいに明るい声を出し、麻衣子の肩を軽く叩いた。頑張って、麻衣子ちゃん……

「は、はい……」
 麻衣子はなんとか声を出し、引きつった笑顔を浮かべた。「声」の力でどうせここから逃げることはできない。それなら、有川の言うとおり、これはいたずらということに後でするしかない。それにしても、放送映像をジャックすることなんてできるのだろうか……

《アソコを隠そうとしない限り邪魔はしないよ。全国の視聴者の皆様にすっぽんぽんを見られながら、いつもどおりの放送、頑張ってね(笑)》
 麻衣子の脳内に、楽しそうな「声」が響いた。
《それにしても、もう仮想脱衣は嘘だって言ってるのに、そういうことにするつもりなんだ。まあ、そいうことにしてあげるよ。その代わり、うんと視聴者サービスしてあげてね》

<ほんとに地上波でも裸になってる!>
<すっげー、天下のN放送でストリップニュースショー!>
<今、隣の居間で妹の悲鳴があがってるんだけど>
<うちの居間ではみんな沈黙して、何かきまずい>
<いきなり大画面テレビに実物大の麻衣子ちゃんの全裸が映ってびびった>
<親が黙ってテレビ消した(笑)>
<茶の間にパイパンヌード大公開!>
<麻衣子ちゃん、サービスいいねえ>
<毎週やってくれるなら、受信料倍払ってもいい!>
<これっていたずらの加工映像ってことなんだよね、どうして恥ずかしそうにしてるの、麻衣子ちゃん?>
<おっぱい白くてもっちもちで、ピンクの乳首がたまらん><でも乳首、思い切り勃ってるよね(笑)>
<全国の視聴者の皆様に見られて感じてるの、麻衣子ちゃん?>
<きっとアソコの中はぐしょぐしょなんだろうなー>
<素っ裸でバランスボールに乗って股開いて生放送って、どんな気持ち?>
<割れ目からピンクの襞、少し見えてない?>
<あ、見える(笑)>
<モザイクもしてあげないって、N放送も鬼だな(笑)>
<ジャックされてる建前なんだから、モザイクしたら変だもんね!>
<まだ、45分も楽しめるのかな、麻衣子ちゃんのすっぽんぽんニュース!(笑)>
<最高画質で録画しなくちゃ、永久保存用に>
<自分で保存しなくっても、誰かがネットにアップしてくれるだろ>

 容赦ない無数のコメントが表示され、麻衣子の脳内にも響いていた。普通ならば同時に言われれば声が被って聞きとれないのに、意識に直接伝えられるため、全てのコメントが認識できてしまうのも、麻衣子には辛かった。
 ……実際には、コメントの量はその数十倍もあった。画面内に収まるようにシステムでランダムに絞られていて、それが麻衣子の認識範囲とも合っていたのだった。それは、麻衣子の羞恥を最大限引き出すための「声」の意地悪な設定だった。

『そ、そんな……嘘でしょ、こんなの……夢なら、早く醒めて……お願い……』
 モニター画面にピンクの文字が表示され、さらに視聴者の興奮を煽ってしまった。

 こうして、公共放送きっての美人女子アナによる、地上波生放送での全裸ニュースショーの舞台が整った。


前章へ 目次へ 次章へ


アクセスカウンター