PART 1

 本条麻由香は、県立S高校の2年1組の生徒だ。S高校と言えば、県下でトップの優秀校であり、毎年十数名のT大合格者を輩出することでも有名だった。そして、麻由香はその中でも優秀で、常に学年で5位以内の成績を取っており、T大合格は確実と言われていた。

 そして、麻由香が優れているのはそれだけではなく、スポーツも万能であり、所属する新体操部でも1年生からエースとなっていて、昨年の高校総体では個人で6位入賞まで果たしていた。一年生、しかも新体操歴1年でのいきなりの入賞は、新体操界では大きな話題になった。

 そしてその才能は、元オリンピック代表で入賞経験もある大物コーチ、橘佑里恵にも見込まれ、佑里恵自らが、出身の女子体育大との兼務ではあるが、できるだけS高校の練習を指導したいと名乗り出て、昨年の秋からは正式にコーチに就任した。一年生での快挙とは言え、まだ全日本選手権では22位だった選手一人のための佑里恵の行動は、更に麻由香の評判を高めた。

 さらに、その美貌とスタイルの良さが、嫌でも麻由香を有名にしていた。今一番人気の清純派アイドルそっくりの愛くるしい顔に、85・56・87のスタイルで新体操をしていれば、その女らしい魅力は本人の意思に関わらず発揮され、時々テレビや雑誌で取り上げられることになった。そして、新体操の大会の時にはここぞとばかり取材陣に囲まれたが、麻由香の控えめで落ち着いた、知性を感じさせる受け答えのおかげて、変にアイドル扱いをされることは免れていた。

 そんな麻由香を悩ませていたのは、盗撮だった。新体操の大会では基本的に撮影禁止なのだが、学校での練習風景や、日常の姿を勝手に撮影して、下世話な雑誌に売る者がいるのだ。レオタードで露出していないとは言え、大股開きになった瞬間の股間のアップや、胸を張った時のアップ、更には水泳の授業の時の水着姿まで載せられ、その度に麻由香は顔から火が出そうな程の恥ずかしさを味わっていた。

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 そしてその日、麻由香は、授業の合間の休み時間にクラスメイトに話しかけられた。
「なあ、本条、ちょっと話があるんだけどさ。」
それは、クラス委員の上村大介と副委員の倉本みどりだった。みどりは麻由香の親友でもあった。

 「え、何?」
麻由香は二人の話しづらそうな様子が気になりながら答えた。

 「うん・・・ちょっとだけ、来てくれる?」
みどりが周囲を気にしながら、廊下の外を指差した。


 二人の話は、盗撮者をついに見つけた、というものだった。そして、衝撃的なことに、写真部がほとんど組織的に盗撮していたこと、他の女子生徒のパンチラ姿も盗撮していたというものだった。

 「そ、そんな・・・ひどい! 信じられない!」
正義感の強い麻由香はいつしか顔を染めて怒っていた。
「絶対許せないわ! もちろん、写真部は廃部よね? それに学校から犯人全員の処分もしてもらわくちゃ。」
今まで恥ずかしい写真を公開された恥辱を思いだし、麻由香の語調はさらに強くなっていた。

 しかし、上村は歯切れが悪そうな口調で話した。
 「うん、そうだよね、そんな奴、俺も男子として絶対に許せないんだけど・・・」
そう言いながら、ポケットに手を入れ、一枚の写真を取り出した。
「これはまだ公開されていないんだけど、田之倉の奴、学校側に知らせたらこれを公開するって脅してきやがって。」


 「え、どんな写真・・・」
手元に見せられたその写真を見て、麻由香は絶句した。
「ひ、ひどい、こんな写真っ!」

 それは、新体操部の1年生、沢井美加のシャワーシーンだった。斜め上から撮られたその写真は、美加の顔と乳房、可愛い乳首までを克明に写していた。

 「それでね、田之倉くんがね、学校に今回のことを知らせたら、この写真を学校の掲示板に貼り付けたり、みんなにメールで送ったり、P2Pソフトでインターネットに配布するって言うの。」
みどりが言った。
「それで、一番の被害者の麻由香ちゃんの意見も聞こうと思って。」

 「美加ちゃんはこのこと、知ってるの?」
麻由香は恐る恐る聞いた。

 「今のところ、まだ知らないわ。だけど、こんな写真公開されたら、あの子、絶対に耐えられないわ。」
みどりが眉を潜めながら言った。
「・・・それからね、麻由香ちゃんのもっと恥ずかしい写真もあるって。」

 「確かに美加ちゃんの写真は絶対公開させられないわ。だけど、だからって何もなしっていうのは許せないわ。」
麻由香は考えながら言った。
「第一、田之倉くん達は、この写真を公開できないわ。そんな事したら、完全に犯罪になって捕まっちゃうじゃない。・・・それに、私のもっと恥ずかしい写真って・・・あるなら出せばいいわ、私はそんな脅迫には屈しないわ、絶対。」

 「確かに、俺もそう思うよ、麻由香ちゃん。」
大介が麻由香の眼を見ながら言った。
「だけど、本当に大丈夫? 麻由香ちゃんのもっと恥ずかしい写真なんて、俺もはったりだと思うけど・・・」
大介が、さっきの美加の乳房露出写真と麻由香を重ね合わせて想像しているのは明らかだった。

 「大丈夫、そんなの、あったら見せるに決まってるじゃない。」
(いやだ、想像しないでよ)麻由香は身体が熱くなるのを感じながら、必死に平静を装った。
「とにかく、田乃倉くん達写真部全員には、責任を取らせなくちゃ。」

 結局、三人の話し合いの結論は、学校側には報告しない代わりに、自主的に写真部を解散すること、今まで撮った写真を全て削除すること、を条件として田乃倉達と交渉することに決まった。写真の削除は実際には確認できないが、その代わり、もし今後、麻由香の盗撮写真やS高校の女子生徒の恥ずかしい写真が出回ったら、その時点で学校に全てを報告することも条件とすることにした。いずれも、麻由香の提案だった。


 そしてその日の放課後。上村とみどり達と、写真部部長の田乃倉との間で話し合いが行われ、麻由香の提案の条件を田乃倉が呑むことで決着が着いた。
「田乃倉、すっごく悔しそうな顔してたよ。最初は不満そうだったけど、あんたたちはあんなひどい写真、本当は公開できないだろうけど、こっちはいつでも学校に報告できるんだからね、って言ったら、黙りこんじゃったし。さっすが、麻由香ちゃん、頭もいいし度胸もあるわね。」
みどりが笑いながら報告した。
「あれ、やっぱり麻由香ちゃんの他の写真なんて、絶対持ってないわよ。それがあれば、ひょっとして反撃できたかもしれないのに、最後まで一言も言わなかったもの。」

 「ありがとう、みどりちゃん、上村くん。私もこれで安心して学校で過ごせるわ。」
本当は写真の存在が気になっていた麻由香は、内心で安堵しながら、にっこりと笑った。

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 N高は、S高から徒歩5分という至近距離にある私立高校だ。スポーツで全国的に知られ、多くの競技が全国レベルだった。体育施設に多額の投資をしていて、広大なグラウンドに体育館があり、いずれも近代的な設備が整えられていた。

  一方、S高校は進学校であるため、優秀な教師を含め、教育関連の投資は盛んだったか、スポーツ関連は並以下だった。

 そのため、お世辞にも広くない体育館は、バレー部、バスケ部、卓球部、体操部、新体操部の争奪戦になっていた。中でも新体操部は女子だけで人数が少ないため、場所の確保に苦労していた。そこで、麻由香の才能を評価したN高校の校長から、練習場所提供の申し出があったため、昨年から、週に一、二回程度場所を貸してもらうことになっていたのだ。

 そして、それを何より喜んだのは、S高校新体操部ではなく、N高校の学生達だった。圧倒的な学力差から話すこともはばかられたS高校の女子が来て、しかも新体操の練習をするのだ。新体操の練習は、いくつもある体育館のうち、バスケ部用の体育館の一角で行うこととなったため、バスケ部は入部希望者が一挙に倍増する人気となっていた。

 とりわけ、今人気の清純派アイドル以上に可愛いとも言われる麻由香の人気は凄まじく、麻由香が練習に来た日はなぜか体育館が男子学生達で一杯になっていた。

 そして、最初の頃は練習風景の盗撮が多発したため、N高校で練習する時には、レオタードではなく、トレーナー風の練習着で行うことになっていた。

 また、N高校にはスポーツができて爽やかな男子も多くいたため、S高校新体操部の女子とのカップルがいくつもできていて、それは麻由香の友人達の間でも定番の話題になっていた。

 そして、今、最大のゴシップは、麻由香がバスケ部のキャプテン、佐々岡晃一を振ったことだった。

 佐々岡は、バスケが一番上手いのはもちろんのこと、身長が高く顔も人気の若手俳優に似ていた。その彼が、隣で練習する新体操部の中で一番の美少女である麻由香にアプローチするのは、皆の暗黙の了解でもあった。誰もが、S高とN高のナンバーワンカップルの誕生を自然なこととして受け入れていた。

 しかし、麻由香は佐々岡の告白を手厳しく断った。
「あの、勘違いされたら困ります。皆がそんな風に思っていることは知ってますけど、私、あなたは全然タイプじゃないし、何となく彼氏みたいな顔されるの、すっごく迷惑なんです。私、スポーツばっかりじゃなくて、ちゃんと勉強もできるしっかりした人がいいんです。」
 9月の中旬に、人けの無い体育館の裏手に呼び出された麻由香は、佐々岡の告白を聞くと、一気にそれだけしゃべり、さっさと立ち去ってしまった。
 その顛末は、カップル誕生の瞬間をお祝いしようとこっそりつけて来た男女に、全て見られてしまい、翌日には、両校の学生の全てが知ることになっていた。

 麻由香ちゃん、きびしーっ、とか、さっすがT大合格間違い無しの麻由香様、馬鹿は嫌だってえ、といった陰口や噂話に、麻由香は耐えなければならなかった。
(ち、違うのよ、私、厳しくなんかない・・・)
佐々岡は、その日が初めての告白ではなく、それまでにも、何度も間接的にアプローチしてきていたのだ。遠回しな言い方や、人を介して感触を探られ、麻由香はうんざりしていたのだ。だから、あの日はわざと嫌われるように厳しく言ったのに、人に聞かれていたなんて・・・
 
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