PART 2

 9月下旬のある日。練習の終了後に麻由香は二人の後輩に話しかけられた。
「あ、あのう・・・本条先輩」
麻由香が振り向くと、一年生の沢井美加と大崎陽菜が立っていた。

 「え、何かしら?」
麻由香はできるだけ優しい声で言った。まだまだ未熟な一年生にとって、二年生、しかも実力トップの麻由香に話しかけるのは、相当のプレッシャーの筈だ。

 「あの・・・今日、居残り練習にお付き合いいただけないでしょうか?」
美加が上目遣いで言った。
「あの、私たちももうすぐ秋季大会がありますけど、まだまだできないことが多くて・・・少しでいいですから、本条先輩に見ていただきたいんです。今日は橘コーチは大学の試合でいませんし・・・」

 へえ、と麻由香は内心で少し感心した。二人とも、今までそんなに熱心な方ではなく、麻由香は二人の練習態度を注意したことが何回かあった。それに、美加が田之倉に撮られてしまった盗撮写真が頭をよぎった。
「・・・分かったわ、いいわよ。・・・あ」
麻由香はそう言ってから残念そうに首を振った。
「だけど、明日からのイベントの準備で、体育館は延長使用できないわ。」

 「あ、それは大丈夫です。急遽ですけど、N高校に聞いてみたら、体育館、貸していただけるそうです!」
麻由香の返事に喜んだ美加が、笑顔で言った。

 「え、N高校・・・」
麻由香の顔が曇った。
「ご、ごめんなさい、N高校はちょっと・・・」
ここしばらく、N高校での練習は理由をつけて遠慮している麻由香だった。

 「え、・・・あ、そうか、すみませんっ!」
麻由香の表情が曇った理由をようやく悟った美加が、慌てて頭を下げた。
「そうですよね。麻由香先輩、佐々岡さんのこと、思いっ切り振ったばっかりで、気まずくて行きづらいんですよね。それに、馬鹿はキライって言ったんだから、N高に全体を敵に回したようなもんだし。」

 「ちょ、ちょっと、声が大きいわよ。」
麻由香は慌てて美加の口を塞いだ。
「それに私、馬鹿はキライ、なんて言っていないわ。」

 「え、そうなんですか? でも私、ますます先輩を尊敬しました。」
美加はめげずに笑顔で言った。
「だって、佐々岡さんって、S高校の女子の中で人気ナンバーワンなんですよ。それをあっさり振るなんて、かっこいいです。」

 「も、もうやめてよ、変なコねえ。」
麻由香は無邪気な美加に負け、思わず笑った。
「だけど、確かにその件で、N高には行きづらいの。」

 「大丈夫ですよ、先輩。」
隣から陽菜が口を出した。
「今日はN高のバスケ部、付属の大学との親善試合で、体育館は使わないんですって。」

 「分かったわ。じゃあ、すぐに行きましょう。」
(全てお見通しなのね。仕方無いから、少しだけ見てあげようかしら。)麻由香は後輩のかわいいわがままに微笑を浮かべて立ち上がった。

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 そして10分後。麻由香と美加、陽菜の3人は、N高校の体育館に到着した。

 「それじゃあ、まずはストレッチをしなくちゃね・・・」
麻由香は二人に言うと、三人だけの練習が始まった。

 「さて、何を練習したいのかしら、基本のポーズかな?」
麻由香は二人に聞いた。

 「はい、それもいいんですけど、まず、先輩の模範演技を見せて頂いて、イメージトレーニングをしたいです。」
美加がそう言った時、後ろから声が響いた。

 「俺たちも、麻由香ちゃんの模範演技、見たいなあ。」
それは、バスケ部のキャプテンの佐々岡だった。そして、その後ろには、大勢のバスケ部員がいた。

 「さ、佐々岡さんっ!」
麻由香が驚いて言った。
「どうしてここにいるんですか?」

 「どうしてって、ここ、うちのコートなんだけど。それ、こっちのセリフじゃない?」
佐々岡が嘲るように言うと、後ろの部員が笑った。

 「そ、そうですけど・・・」
混乱した麻由香は陽菜の方を見た。(ちょっと、話が違うわ・・・)

 「あ、あれ、おかしいなあ〜、確かに事務局の人がそう言ってたんだけどなあ。」
陽菜は目を逸らし、上ずった声で言った。

 「あはは、もういいよ、陽菜ちゃん。」
佐々岡が笑った。
「陽菜ちゃん、嘘つくの下手だねえ。・・・悪かったよ、麻由香ちゃん。コートを借りに来た二人に、条件として、麻由香ちゃんには俺たちがいないって言ってくれ、って騙したんだ。だって、そう言わないと、麻由香ちゃん、来てくれなかっただろ?」

 「それは、そうですけど・・・」
騙されたことが分かった麻由香は腑に落ちない気分だった。

 「まあそう怒らないでよ。俺たちも大会直前で気合を入れたかったんだ。俺たちは、この前の全国大会でベスト32だったけど、麻由香ちゃんは6位入賞で、今回なんか表彰台候補だろ?」
佐々岡は目の前で手を合わせ、拝むような格好をした。
「それにさ、俺も辛いんだよ。麻由香ちゃんにこっぴどく振られて、おまけに練習にも来てくれなくなっちゃうし。学校中の麻由香ちゃんファンから総スカンなんだよ。・・・な、あのことは水に流して、今までどおり、練習しにきてよ。」

 佐々岡の言葉が終わり、皆の視線が麻由香に集まった。
「わ、分かりました。これからもよろしくお願いします。」
硬い表情だった麻由香が微笑んだ。
「でも、N高バスケ部とS高新体操部としてですよ。もう個人的に誘ったりしないで下さい。」

 「さっすが麻由香先輩。告られる前から振ってるぅ!」
陽菜が素っ頓狂な声で妙な感心をして、その場が爆笑に包まれた。

 (佐々岡さん、S高校との関係修復のために、自分からピエロ役を買って出てくれたんですね・・・私のほうが子供だったかも。ごめんなさい、またひどいこと言っちゃって。)
一緒に屈託無く笑う佐々岡を見て、
内心で少し反省する麻由香だった。


 「さて、それじゃあ模範演技の披露をお願いしたいところだけど・・・陽菜ちゃん?」
佐々岡が言いにくそうに陽菜を見た。
「もう一つ、条件があったよね?」

 「あ、そうそう。あの、先輩、一つお願いがあるんですけど。」
陽菜が上目遣いで言った。
「実は、レオタードで練習することが条件なんです。」

 バスケ部員達の和やかだった空気が、少し変わった気がした。

 「え、レオタード?! ど、どうして?」
下心に満ちた男子学生の視線を感じ、麻由香は必死に平静を装った。
(動揺してることを悟られたらますますつけあがるわ。)

 「だからさ、本番と同じつもりで真剣にやって欲しいってことだよ。」
陽菜に代わって佐々岡が言った。
「練習用の全身タイツとレオタードじゃあ、やっぱりどうしても、意識が違う部分があるだろう?」

 「そ、それは、そうだけど・・・」
佐々岡の勢いに気圧され、麻由香は曖昧に答えた。

 「じゃあ、頼むよ。本番と同じように、バッチリ化粧と髪もセットしてくれよ。」
佐々岡はそう言うと、そばの椅子にどっかと腰掛けた。
「それができないんなら、もうS高にコートは貸さないよ。こっちも本気なんだ。他の部にも言っとくからな。野球部のキャプテンは俺の子分だから、すぐ言うこと聞くぜ。S高校には、土のグラウンド、無いよなあ?」

 「そ、そんな・・・」
バスケ部のキャプテンが拒否したら、新体操部がコートを借りるのはほとんど無理だ。さらに、他の部の使用までも拒否されたら、S高の練習環境は甚大な打撃を受けることになる・・・
(ひ、卑怯よ、そんなやり方! どうして、佐々岡さん?)麻由香は佐々岡を見たが、佐々岡はもはや会話する気は無いようだった。
「・・・わ、分かったわ。レオタードで練習すればいいのね。」
(絶対嫌らしい眼で私の身体、見るつもりなんだわ・・・)

 「あの、私たちはこのままでいいんですよね?」
悲愴な決意をした麻由香を横に、美加があっけらかんと言った。
「麻由香さんだけレオタードになるのが、条件でしたよね?」

 「ああ、そうだよ、麻由香ちゃんだけでいいよ。」
佐々岡があっさり頷いた。
「お前らはまだひよっ子だから、試合も何も無いだろ。」

 (え、そ、そんな、私だけ、皆の前でレオタードになるの? 美加ちゃん、
陽菜ちゃん、最初からそのつもりで私に声をかけてきたの・・・)
麻由香はまた騙されたことを悟った。
(こ、この子たち、無邪気な顔して、どういうつもり?)

 しかし、二人は飽くまでも無邪気だった。
「じゃあ先輩のこと、バッチリお化粧してあげる・・・見てなさいよ、あなた達、化粧した麻由香先輩の美しさ、本当に失神するくらい眩しいんだから・・・」

 「も、もう、いいから。」
あまりの無邪気さに、また分からなくなりながら、麻由香は言った。
「早く着替えて練習するわ。・・・更衣室の鍵を頂戴。」
麻由香は佐々岡に向かって手を伸ばした。

 「あ、ああ、更衣室の鍵か・・・持ってないよ、そんなの。」
佐々岡はあっさりと言った。
「俺たちいつも、その辺で着替えてるからな。ここ、放課後はバスケ部専用だし。・・・あの辺で着替えれば」
佐々岡は、バスケットのゴールの裏を指差した。

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