PART 83(bbbbx)

 『やあねえ、もちろん、AV撮影の代わりなんてお願いしないわよ。安心して。』

 「・・・は、はい・・・それじゃあ、何のお願いですか?」

 『AVじゃなくてね、ファッションショーに出てもらいたいの、私の代わりに。』

 「ファッションショー、ですか?」

 『渋谷ガールズファッションショー、て知ってる?』

 「いえ・・・」
梨沙の声にはまだ警戒の色が残っていた。

 『あれ、知らないかな・・・ちょっと検索してみて。決して、変なショーじゃないから。』

 「はい、少し待ってください・・・」
疑うようで悪いが、梨沙は自分の端末で検索してみた。すると、去年のショーの記事がいくつも表示された。
「確かに、いろんな制服とか可愛い服とか水着とかのショーみたいですけど・・・出演しているの、モデルの卵みたいな子ばっかりじゃないですか。脚が長くて、スタイルも良くて・・・それに、こんなに多くの新聞とか雑誌に取材されているなんて・・・ちょっと私には・・・それに、AV女優が出るようなショーじゃ・・・あ、ごめんなさい・・・」

 『いいのよ。確かにね、AV女優なんかが出るショーじゃなかったんだけど、去年まではね。だけど今年は、私に、普通のモデルとして出演して欲しいって、急にオファーが来たの。』
すずは特に気分を害した様子もなかった。
『・・・まあ、たぶん、客寄せ的なところもあると思うんだけどね・・・だけど、私にとって、これはすごく貴重な、大きなチャンスなの。有名モデルは出ないんだけど、業界の人が大勢来てくれて、あとはマスコミが沢山取材に来ていて、そこで認められて大手モデル事務所とか芸能事務所に採用された子が何人もいるの。私、絶対に参加して、認められて、自分の世界を広げたいの。』

 「そう、なんですか・・・」
梨沙は、すずの必死な言葉に心を打たれた。すずさんの夢、できたら応援してあげたい。でも・・・
「何か、都合が悪くなってしまったんですか?」

 『・・・実はね、母が急に倒れたって、病院から連絡があって・・・』
すずの声のトーンが急に落ちた。
『父はもう亡くなってて、私、一人っ子だし・・・こんな風になっちゃって、母にはすごく迷惑をかけてたから、できるだけのことはしてあげたいんだ。何を犠牲にしても・・・』

 「そう、なんですか・・・」
梨沙は何と言っていいか分からなかった。安っぽい気休めを口にするのは憚られた。

 『・・・ごめんね、急に変なお願いしちゃって・・・』
すずの声が少し明るさを取り戻した。しかしそれは、無理に作っているような感じでもあった。
『・・・忘れてね、今のこと。・・・チャンスはきっと来るから、きっと・・・』

 「すずさん・・・」
梨沙は、すずの胸中を考えて胸が締め付けられそうになった。すずさんはさっき、これはすごく貴重なチャンスって言ってた・・・それを一度引き受けてから当日になってドタキャンしたら・・・ひょっとしたら、2度と声なんか掛けてもらえないのではないか・・・
「分かりました。私、すずさんの代わりに出演します!」

 『・・・え?』
今度はすずが絶句した。
『あ、ごめんごめん、いいのよ、大丈夫! 大丈夫だから、梨沙ちゃん、無理しないで!』

 「いえ、私、一度出てみたかったんです。まさかそんなチャンスがあるとは思っていなかったので、ただの夢でしたけど。」
梨沙はわざと明るい声を出し、嘘をついた。
「どこに行けばいいんですか?」
すずさんは私のために、オートバイに裸で乗って、渋谷での恥ずかしいショーも自分がしたことにしてくれた・・・今日は私が恩返しをしなくちゃ。すずさんの夢を守るために・・・

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 すずに指定されたのは、大規模なファッションビルの最上階に設けられたイベントホールだった。橋本くるみ、という女性が世話をしてくれるから、と言われていた梨沙が受付でその名前を言うと、すぐに20代半ばの女性が現れた。
「初めまして、橋本くるみです。今日は私が、すずさんのお世話をさせていただきますので、よろしくお願いしますね。」

 「初めまして、大石すずです。こちらこそどうぞよろしくお願いします。」
くるみの親しげな笑みを見て、梨沙は内心ほっとしていた。この人なら、不慣れな私を優しくフォローしてくれそう・・・

 そして、控え室に入ると、梨沙は一斉に他のモデル達から注目を浴びた。しかしそれは、決して好意的なものではなかった。自分たちは真面目に、一生懸命、地道な努力をして、やっとこの舞台に立つチャンスを掴んだのに、大石すずなんて、だだのAV女優ではないか・・・顔は可愛いけど、一体モデルの何を知っているのか・・・皆はそう言いたげに、大部屋の中を奥へと歩いていく梨沙に冷たい視線を浴びせた。

 さらに、すず一人だけが奥にある個室を控え室として与えられていることを知ると、彼女達の視線が一層厳しくなった。自分たちは大部屋で一斉に着替えさせられるのに、AV女優のすずだけが奥の個室で着替えるなんて、一体運営は何を考えているのか・・・
「あれ、すずちゃんは露出好きなんだから、着替えも舞台ですればいいんじゃないのお? 裸を見られたっていいんだし」
一人の呟きが響くと、控え室は乾いた笑いに包まれた。

 「すずちゃん、気にしちゃダメよ。モデルなんて、お互い悪口ばっかり言うのが普通なんだから。」
個室に入ると、硬い表情のすずの背中をくるみが優しく撫でた。
「ねえ、気がついた? モデルの子達の中で、すずちゃんが一番可愛かったわよ。それから・・・品、ね。みんなどっか浮ついているのに、すずちゃん、すっごく落ち着いていて、知性があって、凛としている感じ。みんなもそれを感じて、すっごく悔しくて、あなたに当たってるの。だから、まあ、許してあげてね。」

 「いえ、私なんか、そんな・・・」
くるみに優しい言葉で慰められ、梨沙は少し落ち着いてきた。
「ありがとうございます。私、がんばります。・・・でも、モデルって、どんな風にすればいいんですか?」

 「まあ、正直言って、今さら付け焼き刃をしてもしょうがないから、普通に振る舞って、みんなに堂々と笑顔を見せれば大丈夫よ。」
くるみはそう言うとにっこり笑った。
「そうね、基本の歩き方と、いくつかのポーズだけ、練習しておきましょうか。それ以外は、前のモデルさんの真似をすればいいから。」


 −−−しかしこれは、大がかりなドッキリだということを、この時のモデル達とすずは知らなかった。

 「渋谷ガールズファッションショー」は確かに例年どおり開かれ、出席者も業界の人間とマスコミであることにも変わりはなかったのだが、今年は事前に一つの告知がなされていた。それは、今回からアイリスグループが事業拡大の一端として、このファッションショーの大手スポンサーとして協賛するということだった。アダルト事業だけではなく、通常のタレントの育成もしていきたいというのが、アイリスグループの意向であり、今回はその第一弾として、清楚系AV女優の大石すずをモデルとして出演させることにしたので、関係者にはご了承いただきたい、というものだった。

 また、梨沙達モデルが控え室にいる間、会場では事前説明が行われ、最後にアイリスグループから、今回からスポンサーになったことの挨拶と、大石すずをモデルとして出演させることの再度の説明が丁寧になされ、参加者達の了解を得ていた。
 その後に、今回限りのプラスアルファの要素が提案された。それは、ただのモデルとして招待したすずをどっきりに嵌めて、他のモデルより少し恥ずかしい格好をさせるが、皆様には、それが当然であるかのように、温かい拍手をしてあげてほしい、というものだった。参加者達は、意地悪な期待ににやけながら、拍手でその提案を了承したのだった。

 ・・・ただ、すずは当日になって、その背景をくるみから聞き、自分が嵌められたことを察知した。そして、梨沙に電話をして代役を依頼したのだった。代役を依頼した理由はもう一つあったが、いずれにしても、梨沙に代わってもらうことが好都合だった。母の入院、という古典的な嘘にあっさり引っかかってしまう梨沙には少し後ろめたかったが、生のショーで露出が楽しめる機会をプレゼントしたってことで許してね・・・

 ・・・こうして、アイリスグループと観客達がすずとモデル達を騙し、さらにすずがアイリスグループと観客達を騙す、という複雑な構図に梨沙は巻き込まれることになっていた−−−


 最初の衣装は今着ている制服でいいと言われた梨沙は、2重の意味で戸惑った。一つは、それが自分のいつもの制服そのものであり、実はモデルが谷村梨沙がと気づかれてしまうかも、ということだった。そしてもう一つは、これが、すずが3週間前に発表したばかりのAVで着ていた衣装であるということだった。
「・・・あの、今回私は、普通のモデルとして招待されたと聞いているので、・・・AVに使ったこの衣装はちょっとどうかと思うんですが・・・」

 「えー? そういうことを気にする方がおかしいと思うよ。この制服、あなたにとってもよく似合っているから、まずはこれで堂々と行きましょうよ。」
くるみはそう言って取り合わず、替えの衣装を用意してくれなかった。

 ついに、ファッションショーが始まった。人数的には小規模であり、かつ業界人中心の会であるため、派手な演出はなく、こじんまりした会場には、静かなピアノ曲だけが流れていた。今流れているのは、ベートーベンのピアノソナタ「月光」だ。

 主催者の男性が挨拶をすると、会場は静かな拍手に包まれた。バックパネルの裏でモデル達の最後尾に並んだ梨沙は、その拍手に少しほっとしていた。なんか、随分上品なショーみたい。変なヤジとかはなさそう・・・

 ただし、他のモデル達からの視線は相変わらず厳しかった。モデルは梨沙を含めて10人だったが、皆、梨沙に話しかけず、9人だけで話をしていた。
時おり、聞こえよがしなひそひそ話が聞こえてきた。
(あの子だけマネージャー付きって、何様のつもり?)
(なんであの子がトリなの? AV女優なのに)
(ストリップでもするんじゃない?(笑))
(あの制服、ここに来た時のでしょ。何考えてるのかしら)
(あの子、そこのスクランブル交差点で素っ裸でおしっこしたんだよ(笑))
(え、うっそー!?、なにそれえ!(笑))
(あ、それってさ、ワゴン車の扉全開にしてさ、おしっこ撒き散らしながら交差点のど真ん中で一回転したやつでしょ!(笑))
(それ知ってる! すずちゃんの露出が過激過ぎて、その会社潰れちゃったらしいよ(笑))
(最低! 私達まで一緒に見られたくないんだけど)
(よく涼しい顔でモデルできるよね)

 梨沙は、他の9人のヒソヒソ話を聞きながら、複雑な気持ちになっていた。1ヶ月前だったら、自分だってAV女優をそういう眼で見て、軽蔑していたと思う。だけど、大石すずさんを知って、桂木さん達と一緒に撮影してみて、柏原くんみたいな普通の男の子の熱心なファンが大勢いることを知った今は・・・すずさんの立場に近い気持ちになってしまう・・・絶対に、すずさんに恥を掻かせないんだから・・・

 主催者の挨拶が終わり、いよいよモデル達が登場することになった。最初のモデルがステージに出て行くと、大きな拍手が聞こえてきた。

 いよいよ始まる・・・一気に梨沙の緊張が高まった。自分はうまく歩けるだろうか、変なことをして、笑われないだろうか・・・すずさんの代わりなんだから、堂々としなくちゃ・・・

 しかし、梨沙の心配は杞憂に終わった。梨沙がステージに出た瞬間、10人の中で一番大きな拍手が起こったのだ。
 それは、どっきりの罠にかける主役が現れたためということもあったが、すず(実は梨沙)の素の美しさに打たれたからだった。外見は見分けがつかないくらいすずと似ている梨沙だったが、実際に見ると、全体の雰囲気、特に眼が違った。
 歩き方やポーズの作り方は素人っぽさがあったが、張り出しステージでの笑顔を見せてのポージングの時には拍手と共に感嘆の声が漏れた。どうせ、AV女優が勘違いして出てきたんだろ、という先入観はあっという間に払拭されていた。



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